高野山に車で登ると、大門の脇をあっさりと通りすぎてしまう。

その為かどうかは定かではないが、
大門の前はひっそり。

我々は車を一旦、奥の“中の橋”前の駐車場に停め、タクシーで大門まで戻った。



ここは高野山の西側の正門とも言うべき場所。

江戸時代初頭・1688年に焼けてしまい、
1705年に再建されたそうだ。




大門の左右には、金剛力士。



阿・吽。




なかなかの大きさ。



二層構造の楼門。






大門を潜った我々は、
ここから歩いて壇上伽藍へ!