天平神護元年(765年)
淡路廃帝の死後、称徳天皇は道鏡を太政大臣禅師とした。

ここで言う“太政大臣禅師”とは、出家した天皇(称徳天皇)には、出家した太政大臣が必要とする考えから新設された令外官である。

その翌年の天平神護2年(766年)10月、
称徳天皇は道鏡に“法王”の称号を授けている。

俗界は天皇、仏教界は法王が支配するとの考え方の具現化だったと聞く。


歴史は常に動いている。



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