慶応4年(1868年)9月5日、
会津藩内の如来堂村の守備に就いていた山口次郎(斎藤一)を含む会津新撰組13名。

この日、新政府軍300が如来堂村を包囲した。

多勢に無勢、会津新撰組は全滅したかと思われた。

しかし、7名は脱出し、
会津朱雀隊と合流したという。

その中に、山口次郎(斎藤一)の姿もあった。


歴史は常に動いている。