官吏養成の為に存在した大学寮で教えられていた儒教に飽き足らずに飛び出した眞魚は、仏教を求めたようだ。

その根拠は、24歳の時に、
『三教指帰(さんごうしいき)』
という書を完成させたそうだが、この中で
儒教・道教・仏教を比較検討し、仏教が最も優れていると書き残している事からも想像できる。

また、三教指帰の冒頭には、土佐・室戸岬の御厨人窟(みくろどくつ)という洞窟で修行中に、明星(金星?)が飛来し、口の中に飛び込んで来た旨が記されている。

この瞬間、眞魚は悟りを開き、御厨人窟から外に見えていたのが“空”と“海”だけだったので、
“空海”
と、名乗るようになったという伝説が語り継がれているようだ。


歴史は常に動いている。