森の中で、クリの実を拾う。

海や川で魚を捕る。

採ってきた木の実を土器で煮て、家族で食べる。

前回から始めた縄文時代の話。今回は、人々の毎日の暮らしを少しのぞいてみたいと思います。

縄文時代は1万年以上にわたりました。それほど長く続いた暮らしには、どんな工夫があったのでしょうか。

食べ物は一つではなかった

私たちは毎日、お米やパンを食べます。もし頼りにしている作物が不作になれば、暮らしは大きな影響を受けます。

縄文の人々は、主に森で木の実や山菜を採り、海や川で魚や貝を捕り、動物を狩って暮らしていました。何が得られるかは、土地や季節によって違います。

青森県の三内丸山遺跡の周辺には、木の実が採れる森があり、近くの海には魚がいました。人々は森と海の両方の恵みを利用していたのです。

土器も大切な道具でした。木の実を煮て食べやすくしたり、食べ物を蓄えたりできるようになったからです。

もちろん、いつも食料に困らなかったわけではないでしょう。それでも、一種類の食べ物だけに頼らず、土地にあるものを組み合わせる暮らし方は、長く生活を続ける力の一つになったと考えられます。

縄文人は森に手を加えていた

「自然とともに生きる」と聞くと、森にはまったく手を加えず、あるがままにしていたように思うかもしれません。

しかし、三内丸山遺跡から見えてくる姿は、そうではないことを示しています。

人々は集落をつくるとき、クリやクルミの木を残し、ほかの木を伐りました。そして、実の採れるクリ林を管理していました。

森を何も変えなかったのではありません。食べ物を得られるように、森に働きかけながら暮らしていたのです。

私には、ここが大切に思えます。自然から一方的に受け取るだけでも、すべてを思いどおりに作り替えるだけでもない。周りの環境をよく見て、利用し、手入れをしていたのです。

1万年、同じ暮らしだったわけではない

縄文時代が長く続いたといっても、人々が1万年以上、同じ場所で同じ生活をしていたわけではありません。

気候も、海岸線も、集落も変わりました。使う土器の形も時代や地域によって違います。人々は変化する環境の中で、暮らし方を変えていきました。

ですから、「これだけが縄文時代の長さの理由だ」と一つに決めることはできません。

ただ、森や海の恵みを組み合わせ、道具を使い、周囲の自然に働きかけながら生活したことは、遺跡から確かめられます。

私たちが今、長く続けられる社会を考えるときにも、学べることがあるのではないでしょうか。

次回は、そうした自然の中で、人々がどのように集落をつくり、ともに暮らしていたのかを考えます。

 

より詳しく考えた記事はこちら:
note「縄文文明はなぜ1万年以上続いたのか」

 

参考資料:
世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」公式サイト・縄文時代について
特別史跡「三内丸山遺跡」・縄文時代の扉を開く