「正しい勇気」
「大丈夫かよ、健心」
「もし良かったら、僕たちが手伝っても……」
金曜日、小学校の帰り道で、友達の風翔と敬磨がおれに向かって言った。
来週、クラスで調べ物の発表があるのだけど、おれと同じ班の他の二人が何も準備をしていないことが発覚した。
やる気があるようにはとても見えなかった。そこで残りの分もおれが全部引き受けると決めたのだ。
「へーきへーき。あいつらに任せてても終わりそうにないし、この土日で頑張れば何とかなると思うから。こういう時にグッと我慢して頑張るのは、先生の教えだしさ」
風翔と敬磨は納得していないように見えたけど、それ以上は何も言ってこなかった。
大丈夫、おれは間違っていない。これを何とか乗り越えた時、きっと成長があるんだ。
次の日曜日、おれはいつものように『ナックルキックボクシングジム』に来ていた。到着は開始時間のギリギリだった。
正直、今日は発表の準備の為に休もうかとも思ったけど、それで両親や先生におかしく思われたくはなかった。おれがやると決めたんだから、邪魔されたくはない。
昨夜頑張ったお陰でもう終わる目途は付いている。残った発表までの時間で何とかなる、と思う。ただそのせいで少し寝不足だったので、流石にトレーニングがきつく感じた。
それでもおれは何とか堪えていたが、途中で急に先生に話しかけられた。
「健心くん、今日はもう見学にしよう」
「えっ、どうして!? おれ、まだまだやれるって!」
先生は首を横に振ると、おれの手を引いた。
「体調が悪いのは動きを見てたら分かるよ。そんな状態じゃとても続けさせられない。少し話をしようか」
そう言って、他の子供たちにはトレーニングを続けさせたまま、おれを端に連れて行った。
「実は、今日の練習が始まる前に早く来た風翔くんと敬磨くんから相談があったんだ。君が無理をしてるように見えて心配だ、って」
二人の方に視線を向けると、目が合って慌てて逸らすのが見えた。
余計なことを……と思ってしまう。
「でも、先生も言ってたじゃん。辛く苦しい時こそグッと我慢して頑張るのが大切だって」
「そうだね。だけど、考えてみて欲しいんだ。そうやって周りの大切な人たちに心配を掛けたり、迷惑を掛けたりしたら、それは本当に良いことだと思うかい?」
そう言えば、風翔たちだけじゃなく、家族にも心配された。夜更かししていたし、顔色もあまり良くなかったかもしれない。
そんな彼らの表情がおれに与える気持ちが、良いものだとは思えなかった。
「それは……良くない、かも」
「そう、無理に強がるのは良いことでも何でもないんだ。本当にこれで正しいのか、もっと他にやり方があるんじゃないか。そうやって悩みながら、自分の為や皆の為にこうするんだ、って強く思うことこそがきっと、正しい勇気なんだ」
「正しい勇気……」
その言葉はどうしてか、おれの心に強く響いた。
「さて、今の君のやり方は本当に正しいかな? 一人で頑張らなくちゃって思い込んでるんじゃないかな? もちろん一人でも出来ることはあるけれど、これは難しいなって感じたら、無理に一人で頑張らなくたって良いんだよ。友達や家族の力を借りるのは、何も悪いことじゃないんだから」
もしかしたら、おれは誰かに頼る勇気がなかっただけなのかもしれない。
だから、一人で全部やろうとして。その方が体は辛くても気持ちは楽だから。
でも、正しい勇気は、そうじゃない。自分のことも皆のことも、ちゃんと考えた行い。
おれは座って他の子供たちがトレーニングをする様子を眺めながら、色々と考えていた。
そして、今日の練習が終わった後、風翔と敬磨に近づくと、頭を下げて言う。
「ごめん、二人とも。やっぱ手伝って欲しい」
二人は最初はキョトンとしていたが、すぐに笑って頷いてくれた。
「おう!」
「うん!」
風翔と敬磨が笑顔になってくれたことが、嬉しかった。
それは、おれのこれまでのやり方は間違っていたのだと、一目で教えてくれたように思えた。