豚屋(ぶたや)と愉快な仲間たち
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朝豚屋に行くと、上田くんがニヤニヤしながら寄ってきて言った。

 

「和也わかったぞ。」

 

「何が?」

 

「何がって、あのじいさんとばあさんや!」

 

あの謎の老夫婦の素性がわかったと言うのだ。僕も興味津々で聞いた。

 

「何者なん?」

 

上田くんは、周りに誰もいないのに急にひそひそ声になり、勿体ぶったように言った。

 

「あのじいさん詐欺師やぞ。」

 

「詐欺師!?」

 

「せや、詐欺師や。企業に税金を節約するマニュアルを買うてもらう詐欺師や。」

 

「??」

 

中学生の僕には、詐欺師が実際に何をしてるのかも、税金を節約できるということも、何が何だかちんぷんかんぷんだ。

 

「じいさん京都で顔がわれてるから、今は三重県まで行って詐欺しとんねん。」

 

「へー」と言ったものの、僕にはあのじいさんがそんな悪いことをしている人にはとても思えなかった。

 

しばらくすると、あの優しそうなおじいさんが出てきて、にっこり「おはようございます。」と言うと、車で出かけていった。

 

今日も腰の低い丁寧な話し方で会社を騙し、お金をまきあげるのかぁ、と僕はおじいさんの車を見送った。

 

おばあさんはいつものように、黙々とつなぎ姿で豚の世話をしていた。

ある日豚屋に行くと、見慣れない老夫婦がいた。

 

おじいさんは英国紳士風の服装で、言葉遣いも丁寧で、やさしい感じの人だ。

 

おばあさんはというと、男連中と同じつなぎの作業着を着てもくもくと豚舎の掃除をしている。

 

上田くんに、「あの二人だれ?」と聞いたが、

 

「俺も知らんねん。なんか最近ここに住み込みで働いとんねん。なんか訳ありやぞ。」

 

毎度おなじみの訳ありだ。

 

次の日豚屋に行くと、ちょうどおじいさんが車で出かけるところだった。清潔感のあるジャケット姿のおじいさんは、「おはようございます。」というと、どこかへと走り去っていった。

 

おばあさんは、つなぎ姿でもう仕事をはじめている。こっちを見ることも、一言も発することもなく、黙々と仕事をしている。

 

うーん、謎すぎる。上田くん、この二人が何者か早く教えてくれー。

 

 

豚屋には時々若い衆と呼ばれる人たちが出入りする。その中に上田くんという、メガネをかけたちょっと太り気味の兄ちゃんがいた。上田くんの歳は19か20歳くらいで、歳下の僕と仲良くしてくれた。大人の事情で聞きにくい事も、上田くんがこっそり教えてくれた。

 
上田くんによると、この豚屋はある会社の一部門で、他にも観光バス、飲食店の消毒、企業コンサルティングなど手広く事業をやってるらしい。
 
「あとな、裏の仕事もやっとんねん」
 
「うら??」
 
「豚とバスと消毒は表で、あとは裏の仕事や。本社もあんねんぞ」
 
「本社??」
 
なんや、俺は中2にして社員か??
 
上田くんはもともとレストランの厨房に消毒液を噴霧する仕事、いわゆる飲食店の消毒部門で働いてたらしい。近頃は、いつ行っても豚屋にいたので、「人事異動」した事は想像できた。仕事のサボリ具合からして納得の人事異動だ。
 
上田くんは豚屋の臭いに慣れることがなく、常にオエーっとえずいていた。

豚屋には来客が多い。来客というより、行くと見慣れないおっさんやおばちゃんが仕事をしてるのだ。中2の僕にも、「これは訳ありやな」という事はわかる。しかしガキが大人の事情を詮索できるはずもなく、勝手な想像をするしかなかった。

 
ある日豚屋に行くと、19、20歳ぐらいのあんちゃんが豚小屋の掃除をしていた。僕には全く関心がなく、何かぶつぶつ独り言をいいながら仕事をしている。中田さんが、
 
「和也、あいつは西成から来たやつや。構わんでええからの」
 
「へ? 西成? どこそれ?」
 
西成とは、大阪の日雇い労働者や訳がありまくりの人たちが集る地域だ。そんな西成から豚屋に来るくらいやから、訳は聞かない方がいいのは当たり前だ。
 
「われー、やんのか‼︎」
 
いきなり怒号が聞こえたので振り返ると、声の主はあの西成のあんちゃんだった。豚舎から逃げ出した豚に向かって本気で怒鳴っているのだ。
 
「うわっ、あいつヤバ」
 
さすがの僕も引いてしまうヤバさだ。というのも、そのあんちゃんは豚に本気で文句を言ってるのだ。豚と同じ目線、そう、四つん這いになって豚と喧嘩していたのだった。
 
「お前いてまうぞ!やんのかコラぁ」
 
あんちゃんは本気だ。
 
中田さんも金さんも、もちろん僕も腹を抱えて笑って見守るのだった。

3年生の担任が家に来て、気にするなと言ってきた。

 
「おい、こっちがやられてる時に何かやってくれる訳でもないのに簡単に言うな!」
 
「まあそう言うな、向こうかて本気でいじめてるんちゃうんやし」
 
「ふざけんなよ、毎日やられてるこっちの身にもなれっちゅうねん。向こうが謝るまで学校行かへんからな!」
 
親も先生も、ましてや先輩たちも僕が豚屋でドスをオファーされて、やったろかと頭をよぎった事も知らずに呑気なもんだ。
 
結局先生はその場で先輩に電話し、ことの状況を話した。すると僕の中の格付けナンバー1の先輩が電話の向こうで意外な事を言ったのだ。
 
「こっちはイジメてるつもりもないし、脅してる訳でもない。おちょくってただけや。」
 
マジか⁉︎ 今まで感じてた恐怖とプレッシャーは、先輩にとったら遊びか⁉︎
 
安心なのか怒りなのか、よう分からん感情が湧き起こる。先生が受話器を渡してきたので受け取ると、
 
「すまんかったのぅ、お前がそんなん思てたって知らんかったわ。もうせえへんからな。」
 
「もうせえへん???」
 
僕には「天国へようこそ!」と聞こえた。これからは先輩たちからの不当なプレッシャーを受ける事がないんや!やっと俺にも青春を謳歌する時が来たぞー!
 
その後先輩からの厳しいチェックはあったものの、呼び出される事は無くなった。
 
のちに先輩の中の一人からは、卒業時に制服を譲ってもらい、高校へ上がってもその学ランを着続けたという後日談もある。もちろんその学ランを着始めた時から、先生との戦いが始まるのだが、それは先輩から引き継いだ宿命でもある。
 
イジメとはやる方とやられる方、こうも感情に差があるもんやと気づいた中2だった。

中学2年生にとって中学3年の先輩は絶対的な存在で、付き合い方を間違うと悲惨な学生生活を過ごすハメになる。まさに僕は転校生である事と目立った存在だった事に加えて、生意気だったという、先輩にとっては的にかける格好の相手だったのだ。

 
大した理由もなく呼び出されては殴られて、抵抗できない恐怖と悔しさで、毎日学校へ行く意味を感じなかった。先生が助けてくれる訳でもなく、ましてや同級生にもどうすることもできない中、僕に残された選択肢は、
 
学校をやめるか
 
先輩を殺ってしまうか!
 
当然どちらも叶わないので、学校をサボっては豚屋に行く日が増えていった。豚屋は僕にとって最高の避難場所だった。
 
やり場のない怒りを僕は豚に思い切りぶつけた。餌やりの邪魔になればスコップでビンタ、掃除の邪魔になれば水が出てるホースを鼻に突っ込む。今思えば豚にはかわいそうなことをしたなと思う。ただの八つ当たりでしかない。
 
豚も毎日何を思って生きていたんや?
 
確かに言えるのは、丼からはみ出るほどのトンカツになったお前に俺は救われたぞ。
サンキュー!そしてご馳走様。

転校生で、なおかつ目立ってた僕は先輩からの執拗な「呼び出し」にあった。先輩といえ歳は一つしか変わらないのに、その存在は絶対的で怖いものだった。

 
呼び出されると、授業中であろうと何であろうと呼ばれた場所まで行かなくてはならない。
 
「おい、どこ行くつもりや!」
 
と先生は止めるものの、授業をやめるわけにもいかず、教室を出ていく僕を見てるだけやった。いや、面倒な先輩たちと揉めるのが嫌だったのかも知れん。
 
「うるさいボケ」
 
と吐き捨てて、いつもお決まりの校舎裏か非常階段へ行くと、4、5人の先輩がニヤニヤしながら
 
「お前ちょシビってんのか!」
「なめとったらしばくぞ!」
 
と脅されながら、結局は何発かしばかれるという毎日だった。中2の僕にはこの呼び出しは恐怖でしかなく、悔しくて泣きながら教室に戻ることもあった。クラスの仲間はどうすることもできず、
 
「気にすんなや」
 
と慰めるのが精一杯だった。
 
ある日そんな毎日に嫌気がさして、学校へは行かず豚屋に行くと、中田さんと一緒に豚屋に住み込みを始めた金さんに
 
「どうした?お前イジメられちょるんか?」
 
「ドス貸しちゃろか?刺すんやったら腹より下やぞ」
 
と笑いながら言ってきた。
 
「なんじゃこいつらは…」
 
と思いながらも、一発やったろかと頭をかすめたのも事実。結局その日は昼過ぎに先生が豚屋に迎えに来た。中田さんも金さんも
 
「今日は帰れ」
 
と言うので、
 
「単車置いてっていいですか?」
 
と耳元で言って、先生の車で家まで帰った。

ブルドーザーに乗ることになった僕に、中田さんは操作方法を教えてくれた。基本的にマニュアルの車に乗るのと同じだ。あとはアームやバケツの操作レバーがどれか覚えるだけで、とにかくやってみろというのだ。慣れるまではあたふたしていたが、思ったよりできそうだ。ただ、バケツの先が地面に刺さると車体が浮き始めるのが怖かった。

中田さんが崩した土を僕がブルドーザーで運ぶのだが、谷の向こうに土を捨てるのはかなり高度な技術と勇気が必要だった。というのも、このポンコツブルドーザーのブレーキはほとんど効かないのだ。

「それブレーキ効かんからのぅ、谷に落ちる前にバックせなあかんぞ」

「いや、そんなんサラッと言われても…」

土でいっぱいのバケツのアームを高く上げて、ゆっくり前進し、谷のギリギリ端まで行ったらクラッチを踏んでそれ以上前に進まないようにし、同時にアームを下げバケツの向きを下にして土を捨てる。そしてまだ惰性で前進するブルドーザーを一気にバックするのだ。ガンダムに比べれば操縦は簡単かもしれないが、やってる事は命懸けだ。

「こんなん中学生にやらすか普通?」と思いながらふと崖の下を見ると、谷の底に小さなユンボが落ちている。後で中田さんに聞くと、

「あれは昔オヤジが落ちたんや」

これまたサラッというやないか!

中2の僕は完全に大人扱いだ。日本中どこを探しても命懸けで働く中2は僕だけやろ。

お昼になると、「ねえさん」が作ってくれたごはんをみんなで食べる。大人たちは昼ごはんの後は昼寝をするのだが、中学生の僕には昼寝の習慣がないし、眠くもないので、いつも大して面白くないテレビをぼーっと見て過ごしていた。

豚屋の午後の仕事はその日によって様々で、豚舎を直したり、豚の種付けをしたり、何をするにしても初めてのことが多かった。

ある日、中田さんがユンボで山を切り開いて、崩した土をブルドーザーで谷の下に捨てるという作業をやることになった。ひとりがユンボ、もう一人がブルドーザーということになる。中学生のにまさかこのおんぼろブルドーザーに乗れと言うわけないよな?


どうやら中田さんには僕の年齢や免許のことはどうでもいいらしい。

最後の豚に餌をやり終える頃には、最初の豚はもう昼寝を始めている。正に喰っては、寝ての家畜だ。そのぐうたらな豚のクソを僕が掃除するのだ。

掃除の手順はこうだ。

ホースで水を撒き、それからトンボでクソをかき出し、かき出したクソを今度はスコップで一輪車に積み、豚舎の裏の崖から下に捨てる。を何度も繰り返す。

豚はクソの上でもお構いなしに寝ている。僕はケツを蹴り上げて、豚を起こしクソをかく。

ある時あまりの臭さに腹が立ち、水の出ているホースを豚の鼻に突っ込んでやったことがある。豚の口からザーザー水が出てくるのを見て、さすがにかわいそうになったが、やはりこいつらのクソはたまらなく臭い。

掃除が終わるともうお昼の時間になっている。こっちもお腹がペコペコだ。



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