豚屋(ぶたや)と愉快な仲間たち -2ページ目

豚屋の朝は8時に始まる。僕は7時50分にスクーターに乗って豚屋に向かう。中学生の僕が免許など持っている訳がない。クソ田舎に朝から警察などいるはずもない。

豚屋に着くと、オカラと飼料を混ぜた餌を一輪車に積んで、一頭ずつ餌やりだ。腹をすかした豚は、餌入れに頭を突っ込んでくるので、その頭を蹴り飛ばして豚を一旦下がらせてから餌をやっていたが、それもだんだん面倒になり、スコップいっぱいの餌を豚の頭にぶちまけるようになった。

通路の反対側には豚が2、3頭ずつ入る檻があるのだが、そのうちの一つの檻が問題だった。その檻には豚とイノシシを掛け合わせた、イノブタがいるのだ。豚とイノシシのハーフとはいえ、見た目はイノシシそのもので、おまけに気性も荒く、下手をすれば噛みつかれると、中田さんに脅されていた。実際、中田さんのお腹にはイノブタに噛まれたという傷があった。僕はこの檻に入るのがとても嫌だったが、仕方が無い。

ちなみに、イノブタに餌をやる時はいつも二人でやることになっていた。一人が檻の中に入り、もう一人が外から檻のカギを閉めるのだ。以前扉だけ閉めてカギをせずに餌をやっていると、イノブタが逃げて捕まえるのに苦労したことがあったらしい。中田さんもイノブタの檻に入るのは嫌みたいで、いつしか僕が中に入り、中田さんは外で見ている役になった。

「普通は逆やろ!」

といつも思っていたが、そこは年功序列、逆らうわけにはいかない。

2時間程で餌やりを終えると、今度は掃除だ。これがまた臭くてたまらん。

僕は夏休みを間近に控えた頃には、転校した学校にだいぶ慣れていた。

相変わらず先輩からは呼び出しをくらい続けていたが、自分ではどうすることもできず殴られるままになっていた。

夏休みが始まると、僕は家にあったスクーターで毎日豚屋に出かけた。中2の夏は僕を大人の気分にさせた。

豚屋に行くと、中田さんやたまに来るオヤジが可愛がってくれた。中田さんは仕事で使う道具の名前や使い方を教えてくれ、

「こんなん、学校で教えてくれんやろ。これがほんまの社会勉強や」

と自慢げに言うのだった。

お昼になると、「姉さん」と呼ばれる人が用意してくれた昼ご飯を食べ、1時間ほど休憩をする。大人たちはみんな昼寝だ。

姉さんには二人の小さい子供がいた。どうやらオヤジの奥さんらしいが、普通の夫婦にしては歳が離れすぎている感じだった。後で「兄さん」方に教えてもらったのだが、いわゆる「二号さん」つまり二番目の奥さんということだ。

中2の夏は刺激的だ。

あの臭いの正体の話を家族は興味深そうに聞き入った。僕は父親に豚屋でアルバイトをしてもいいか聞いてみた。

父の口癖は、「タダ飯を食うな」「働かざる者は食うべからず」だった。普段から学生は勉強が仕事という父からすると、学校で不真面目な僕は「タダ飯」を食っていることになるらしい。

「学校が嫌なら辞めて働け」

僕が何か問題を起こす度に父は言っていたので、今回のアルバイトの話については特に何も言われなかった。

親からの許しをもらった僕は何日かぶりに豚屋に行った。

そこには白いツナギの作業服を着た、見慣れない男たちがいた。

男たちは外で椅子に座った一人の男を囲むように立ち、切ったばかりのスイカを食べようとしていた。

少し離れた所に中田さんの姿を見つけた。

「中田さん、アルバイトさせて」

「お前、親はええ言うたんか?」

「ええって言うてる」

「そうか、ほな親父にも聞いてみろ」

「へっ?」

親父って、さっき親がええって言うたやん。。。

「あそこに座ってるんが親父や。親父がええ言うたらええぞ」

そのオヤジは貫禄とすごみがあった。スイカを周りの男たちに取らせている所に僕は恐る恐る入って行き、オヤジに声をかけた。

「あの~、ここでアルバイトしていいですか?」

男たちは、何だこのガキは?と面白そうに僕を見ている。

「かまわんからスイカ食え!」

そう言うと、オヤジはスイカを一切れ掴み、僕の方へ突き出した。

今のはアルバイトオーケーなんか?スイカを片手に中田さんのところに行くと、

「良かったな。休みになったら来い」

どうやらアルバイトオーケーだったらしい。

でも、親父ってヤクザじゃあるまいし。それとも。。。

どう見てもその親父は中田さんのお父さんではない。しかも、そこにいた男たちはみんな親父と呼んでいる。やはりこの男はただ者ではなさそうだ。

部活を辞めた僕は、時間があったので早速あの豚屋に行ってみた。

豚舎の通路奥で、男は前と同じようにがれきを取り除く作業をしていた。

「こんにちは」

恐る恐る声をかけた。

「なんや、またお前か」

男は手を休めて言った。

「何してるんですか?」

見ればわかるが、何を話せばいいのかわからずにとにかく聞いてみた。

何日か前に大雨が続き、作ったばかりの作業場の壁が崩れたらしく、男はそのがれきを取り除いていたのだ。

「手伝ってもいいですか?」

家の手伝いすらやりたがらない僕だったが、どういう訳かここでは仕事をやってみたいという気になるのだ。

この頃から、僕は仕事をすることに憧れを感じていたようだ。

「あかんあかん。手伝うなよ危ないからな」

男は答えるとまた作業を始め出した。僕は側に突っ立ってただ男の作業を見ているだけだった。

あくる日も僕は豚屋に行き、男の作業を見ていた。足元に転がっていたコンクリートの塊を何気なく拾って、そばにあった一輪車に放り込んだ。

「おい、手伝うなよ!」

男が言った。

「・・・」

僕は何も答えずまた男の作業をしばらく見ていた。すると男が、

「休憩や。お茶飲むぞ」

と言って豚舎の外に出た。男は冷えたお茶をガブガブとうまそうに飲むと、

「お前も飲まんか!」

とコップをもう一つ出して僕に差し出した。俺喉乾いてへんけどなぁ。とは言えず、僕もコップのお茶をガブガブと飲みほした。

「お前名前は?」

男が聞いた。

「和也です」

「わしは中田や」

30代半ばに見える男は続けて言った。

「お前豚が好きか?」

別に豚が好きというわけではない。何となくこの場所が好きなのだ。家や学校より、この豚屋が気持ちをワクワクさせるのだ。いっそここでずっと働けないだろうか?答えを濁しながら僕は思い切って聞いてみた。

「ここでアルバイトさせて」

中田さんは少し驚いた様子で、

「あかん。わしゃ決められんし、親父に聞かんとな」

そうか、確かに親には言うとかな。一応中学生やしな。と思い、その日は家に帰った。

その頃学校では、またいつものようにいなくなった二人を先生たちが探していた。全校生徒数が300人ほどしかいないこの学校では、全員が部活動をすることになっており、当然先生方も顧問として生徒を監視、指導している。そんな部活動を抜け出す二人は、卓球部にとっては面倒な部員なのだ。

「お前らどこ行ってた!」

二人を見つけた先生が怒鳴る。

「そこらへん走ってました」と僕

「嘘つけ!ぜんぜん息きれてへんやないか!」

「お前とちごて、こっちは若いんじゃ」と昭雄

「お前って、誰に向かっていうとんじゃ!」

といつもの調子で騒ぎ出すと、どこからともなく先輩や仲間が集まってきて、騒ぎが20倍になるのはもう珍しくない光景だ。

結局最後は、やる気がないなら卓球部は辞めろということになり、夏を迎える前に僕は卓球部を辞めた。

もともと地味な連中といてもつまらないと感じていたので、むしろせいせいしたぐらいだ。

後でバレー部に入るのだが、エネルギーを発散したい自分と、真面目に青春したくない自分がいて、僕は気持ちをぶつける場所を見つけられず、ただ反抗心だけを周り振りまいていた。
昭雄と二人がたどり着いたのは、1階が豚舎、2階が住居用の家になっている豚屋だった。1階通路の右側には一頭分ずつ区切られた檻が、左側には2、3頭ずつの檻が並んでいる。きれいに掃除はされていたが、臭いがひどい。

辺りを見渡しても誰もいないので、二人は豚舎の通路を奥まで歩いて進んだ。すると、通路の一番奥にまだ工事中のような空間があり、そこに一人の男ががれきを一輪車に積んでいるのが見えた。

「何やおまえら!」

完全に怒られるシチュエーションだ。

「お前ら何しに来た!」

男がまた言った。

「豚見せて~な」

昭雄が馴れ馴れしく答える。ガキの相手をするのはアホらしいと言わんばかりに、

「かまわんけど、危ないぞ」

男はそう言うと、こちらのことはお構いなしにまた作業を始め出した。

僕は内心ホッとして昭雄の方を見ると、昭雄は嬉しそうに豚にちょっかいを出して遊んでいる。

僕も豚を見ていると、何だか臭い豚が可愛く見えてきた。それに加え、黙々と仕事をしている男に妙な親近感と憧れのような気持ちを持ち始めていた。

「明日も来ような!」

こんどは僕が昭雄を誘ったが、昭雄の返事は意外にも冷たかった。

「アホ、こんなしんどいとこ来るか」

「アホ、お前が最初に誘ったんやろ」

「あ、そうか。でも俺はええわ」

「わかった。ほな俺一人で行くわ」

一体何が僕の心を掴んだのだろう。僕は始めて見る豚と豚屋が一気に気に入った。
ある日いつものように部活をサボっていると昭雄がやって来て言った。

「ええとこ行こう」

「ええとこって、どこやねん」

「ええから、絶対おもろいって」

半信半疑だったが、何もすることがないよりはマシだろうと、二人で学校を抜け出し、どこから調達したのか、自転車で走り出した。

昭雄は僕の家を通り過ぎ、あのおばあちゃんの家の方角に向かっている。

「あの家やったら行かへんぞ」

昭雄がまた退屈な冒険に僕を付き合わそうとしているかと思い、その気がないことを伝えた。

「アホ、もっとおもろいとこやって」

今回は自信ありげやな。と思いながらひたすら自転車をこいだが、しばらくすると昭雄はあの谷の向こうに行こうとしているのがわかった。

「マジでどこ行くん?」

「豚屋や。おまえ本物の豚見たことあるか?」

「本物も偽もんも見たことないわ」

「めっちゃおもろいぞ」

そんな会話をしているうちに、だんだんあの臭いが強くなってきた。山の間を自転車で30分ほど走る、というよりほとんど坂道を押して歩いたのだが、高台に差し掛かった時、あの謎の獣の正体がやっとわかった。

「うっわ、なにあれ!」

「な!おもろいやろ!

「豚やん!めっちゃおるやん!」

僕は高台の下に広がる無数の豚舎を見て興奮しながら、昭雄に言った。そこには数千頭はいるだろう豚が、50頭くらいに分けられて柵の中を走り回っていた。

本物の豚は僕が想像していた豚よりはるかに大きく、乗って走れそうだった。確か、明日のジョーが少年院から脱走かなにかしようとして豚に乗ってたシーンがあったのを思い出した。

「もっと近くまで行こうや!」

「ここちゃう。もう一個あんねん」

まだあんのか。俺ははよ豚に近づきたいねん。はやる気持ちを押さえてさらに自転車を進めると、今度はさっきよりも小さな豚舎に着いた。何でお前こんなとこ知ってんねん。昭雄は不思議な存在だったが、僕の中学生生活を興味深いものにしてくれた張本人だということは間違いない。


父親が事業を興すという理由で我が家は引越しをした。それまでに一度引越しを経験しているので特に抵抗はなかったが、さすがに家を見た時は愕然とした。

平屋で、部屋が2部屋の暗いボロボロの離れと、離れより大きいがとても人が住める状態ではない、さらにボロボロの母屋の2軒から、これからの青春時代を過ごす家を選ばないといけないのだ。

近所といえば向かえに年取った夫婦が住んでいる家があるだけで、あとは森か茶畑があるくらいの、それこそキツネやタヌキが出てくるような場所だ。つまり、僕はクソ田舎に引越したのだ。

結局家族は小さい方の家で生活することになり、一つ上の兄と、小学生と幼稚園の弟、二人の親の6人でプライバシーなど夢の世界といったところだ。

何より気になったのが、朝夕谷の向こうから聞こえてくる大量の獣の叫び声と、風の向きによって臭ってくる家畜のようなにおいだ。一体あの谷の向こうには何があるのだろうか?

気にはなっていたが、一人であの谷の向こうに行く勇気はない。それでもあの雄叫びと臭いは毎日やって来る。
昭雄と一緒にいるようになると、他の仲間と仲良くなるのに時間はかからなかった。いつのまにか僕はクラスのやんちゃメンバーの一員になっていた。

新学期早々、部活動が始まり、2年から始める僕は何部に入ろうか迷った。前の学校では背が低いにもかかわらずバレー部にいたが、理不尽な熱血顧問のおかげですっかりアンチスポ根になっていた。とは言え、文化部すらないので一番サボれそうな卓球部に入ることにした。もちろん昭雄も一緒だ。

何でこんな地味なスポーツにみんな燃えているんだろう?僕は中学生なのに七三分けの先輩を冷めた態度で見ていた。そこに昭雄が来て言った。

「なあ、どっか行かへん?」
「どっかって、どこ?」
「ええとこや」

僕は誘われるままに部活を抜け出し、昭雄の言う「ええとこ」に行くことにした。

他の仲間はみな野球部にいて、一緒に誘ったが来られなかった。野球部の先輩というのは、やんちゃの3年生版で、これまた関わりたくない連中だった。後に僕はこの先輩たちに目をつけられることになる。

昭雄が部活を抜けて僕を連れて行った「ええとこ」とは、学校から30分ほど離れた、昭雄のおばあちゃんちだった。家には誰もおらず、遊ぶものも食べるものもない。僕には退屈なところだった。そんな退屈なところで何をしたかというと、誰のかわからないポマードを髪につけて髪型をいじることを覚えたことぐらいだ。

僕は二度と「ええとこ」に行くことはなかったが、部活は相変わらずサボっていた。

そんな僕は先輩には生意気に見えたらしく、友だちから、「気をつけた方がええよ」と注意された。先輩は怖かったが、不真面目なのは先輩も同じやん。と気にしないようにしていた。転校生の上に目立つ態度の僕を先輩がほっておくわけもなく、授業中であろうとお構いなしに呼び出しを喰らうようになった。もちろん先生は助けてくれない。呼び出されては殴られる日が何度も続き、悔しくていつも泣いていた。

「気にすんなよ」

声をかけてくれるのはいつも昭雄だった。
中学2年の春、僕は転校先で昭雄と出会った。まだ誰とも話していない僕に昭雄はニコニコ笑いながら話しかけてきた。

「俺と友だちになろうや」

「おう」

朝みんなが登校してくる時間に、校舎の廊下でたむろしている連中が一斉にこっちを向いた。

「あいつはやめといた方がええで」

一人がふざけて言った。しかしどこか本気で言っているようにも聞こえた。

「うるさいボケ!」

背の低い僕よりさらに小柄な昭雄は、やはり笑いながら、気に留める様子もない。

どこの学校にも、必ずやんちゃなグループがいるが、昭雄がそのうちの一人だということはすぐにわかった。どういうわけか僕もそういう奴らと行動を共にすることが多い。別に僕はワルでもヤンキーでもないのだが、なぜか友だちになる奴らはやんちゃが多い。

後でわかったが、昭雄のお父さんはいわゆるヤクザで、一年前まで刑務所に入っていたとかいなかったとかで、昭雄はほとんど学校に来ていなかったらしい。

寂しいものどうし惹かれあったのかも知れない。それからというもの、二人はいつも一緒に行動するようになった。