日本史的覚書 -9ページ目

日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 

学校の食堂にいたとき同じ研究室の組員2人と会った


そのうちの1人は

先日行われた吞み会で

酔い潰れて途中から記憶がないと語った



玄関で寝ていたところを後輩に発見されたという


こんなことあるのか…



酔い潰れた組員に

「吉四六は、あずき…あんこ飲んでたよね?」と尋ねられた


あんこ…?あずき…?

実は筆者の苦手なもの

「ああ、あんず酒ね」

あんこ飲むって、汁粉かwww



来週はライブ参戦!筆者はほくほくしながら2人に語った


組合員A「ええ!誰の?誰の??」

筆者「角松敏生…知ってる…?」

組合員A「カドマツトシキ…?え…知らない 演歌歌手?」

組合員B「なんか宝塚みたいな名前だね」


WAになっておどろう作った人だよ、と言ったら分かってくれた

ただ、V6のイメージが強いそうな…


女子大生意識調査完了(´・ω・`)←



彼女たちと話していると

自分の痛いところを突かれるwww

でもそれがかえって新鮮だ



世の中にはいろんな考えを持つ人がいるんだな、と実感(;^ω^A


















去る6月11日我が大学を会場にシンポジウムが開かれた


「伊達氏の本城はどこか」というテーマの下

東京都立大学名誉教授峰岸澄夫氏の基調講演や

個別報告、討論会がなされた


伊達氏の本城を知る手掛かりの1つと言えるのが

伊達政宗の出生地である


米沢城説が有力だが

舘山城説、矢子山説という説も唱えられている


今回は米沢城と舘山城に焦点をあてたもの


個別報告の要旨は以下の通り

(筆者勝手な解釈)


①舘山~仙台城の遺構の形状の比較 虎口の位置について

②文献資料、米沢の地誌類から分かること

③梁川城、桑折西山城など米沢以前の城について

④舘山城下とその城下をめぐる問題について



討論会で出てきた意見

・舘山城と米沢城を比較すると、

考古学的見地からすると舘山城寄りか

→米沢城発掘調査で伊達期の物はあまり出ず、上杉期のものが多く出土したため


・舘山城の発掘状況

舘山城と推定される所は人工的だということは明らか 山の上には遺構が少ないため

あるとすれば掘立柱が考えられる


・文献資料を参照

「舘山」が確認されたのは1736年の史料 これが初見だとされる

また、舘山は伊達政宗が「御出」する城


・山城である舘山と平城である米沢とでは城の機能が違うのではないか

(八王子みたいに)同時併存と考えてはいけないのか


・資料を読む限りだと舘山でも米沢でもない


・伊達政宗の人間性は米沢で培われたものだと考える これも手掛かり


・昔の国衙、郡衙跡からの推測

律令的な政策に反映されているのではないか



結論は曖昧

今後の発掘調査の結果に期待したい



今日はゼミの親睦を深めようと、ゼミ長ならぬ組長はじめ特攻隊長らが

吞み会を企画してくれました


会場は、特攻隊長(仮名)のバイト先の居酒屋で

とても雰囲気の良いお店でした


居酒屋に入るのが初めてだという子もおりまして

新鮮な気持ちで乾杯!


秋田出身者が自分含め3人

超ローカルネタ(知る人ぞ知る金萬など)を話していました


酒の威力を改めて感じた


聞くところによると

筆者に声をかけようかと迷っていたそうな


筆者も内心「仲良くなりたい」と思っていたのだ


出身地、酒をきっかけに話が弾んだ

やはり彼女たちは酒豪だった



由利正宗美味いよねーとか地元民でも理解に苦しむ酒トークを繰り広げる



一番酒を呑めないであろう子がノンアルコールカクテルをきっかけに

カクテル、サワ―に手を出し、千鳥足になりながら歩いていた

トイレも1人で行けなかった


面白かった


筆者は初端から日本酒を頼む


「錦爛」純米酒のグラス…溢れんばかりに注がれていた…


これで乾杯


宅吞みが多い、という子に「普段何吞んでるの?」と聞いたら

「いや、おまえこそ何吞んでんだよ!」というツッコミが…


日本酒720mlを2人で2本以上3本未満開けた、と言ったら

「2人」という言葉に

「これ?」と言いながら親指を突き立てて過剰に反応した集団

なんか、小指立ててる人もいたけどwww


いや、残念ながら一緒に酒呑めるような殿方はいないんですね

妾はいっぱいいるんですけど←ちょ



この機会を設けてくれた幹部に感謝します

ありがとう!!














相棒ならぬ

「愛棒」をご紹介しましょう



この子たちです!


日本史的覚書

上の7穴は

「誾千代」と名付けました

ぎんちよ、と読みます

名前は、7歳のときに城主となった立花誾千代から取りました


下の6穴は

「菊姫」と名付けました

名前は、武田勝頼の六女として生まれ上杉景勝の正妻となった

甲州夫人(菊姫)から取りました


誾千代とは、和楽塾で出会いました

菊姫は、もう7、8年の付き合いになりますかな…

爪水虫との付き合いより長いです(コラ


愛しい子たちです


毎週水曜日

熱いくちづけを交わしちゃってます…すんませんwww









今日は珍しく早起きした


実は5年以上前から両足の爪が変色し厚くなっていた

最近、痒みが増したのでこれを機に皮膚科に行くことにしたのだ


診てもらった結果



「あー…爪水虫ですね」




予感は的中した

前日に爪水虫のサイトを見ていたためさほど驚きはなかった


「これだと、内服薬での治療も、ですね」


バルス…ではなくパルス療法という治療法を行う


期間としては3か月


「爪採取しますね」

深く削りとられた指の爪を見た先生は「よくここまで切ったね」と言ってきた


優しい先生で良かった

独特な訛りはなかった←ちょ



薬を貰って病院を後にした


JR赤湯駅

5分前、米沢行きの電車が発ってしまったorz…



日本史的覚書

仕方なく駅構内を周る

つや姫の玄米茶を買う 美味し(o^-')b



つまらないので週刊誌を買う


すると、こんな記事が…


日本史的覚書


「秋田県」取り上げてくれるのは嬉しいが

バックは何故か山形県…・°・(ノД`)・°・

ちょいと杜撰


出身有名人に大物俳優、女優がいないではないか!


おもな都市

秋田、大館、湯沢


天気予報では横手がよく表示されるのに湯沢に負けた←



米沢に戻ってきた

いい天気だったので公園を散策


日本史的覚書

【佐氏泉公園】

源義経の忠臣佐藤継信・忠信兄弟が生まれたところとされる


日本史的覚書

弁財天が祀られている



日本史的覚書

【北村公園】


雲居龍雄の碑

幕末・維新期の志士

壮志と悲調とロマンテイシズムに溢れた詩人とも評され

彼の書いた漢詩は自由民権運動の志士たちに好まれた


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北村徳太郎の碑

1959年日本造園学会会長を努めた造園家