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日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 


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BEFORE                      AFTER


新しい爪が生えてきたんですよ!!


3か月程で!




拡大して見てくださいな

おめえのきたねえ足なんか拡大したかねぇという人はそのままで結構です←






この間のゼミ京都の旅で食べたものをご紹介←





【1日目】


中華料理屋さんで頂いた夏季限定冷麺


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冷やし中華とはまた違った味わい

ちなみに写真の紹興酒ハイボールは、私のではありません


先生が注文したのです


「これも写したら?」というノリで写したまで


と、言って一口貰いました

なんというか、中国だな、こりゃ という感じがした(ちゃんと説明しろ)




【2日目】


ホテルの朝食


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和定食 

まさに「京都」という感じがしました

特に水菜と豆腐が美味しかったです



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夜に食べたカニクリームコロッケが入っているドリア

食べ応えがありました


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同室の組員と行きました

美味しそうだったので撮りました


オムライスグラタンだっけか




【3日目】

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ホテルの朝食


和洋食バイキング

今回洋食を基調としています

食べた後茶碗蒸しに目が行って茶碗蒸しを取ってきた←


これが、おいしかった!

上品なのに味がしっかりしている!



高校の時に京都で食べた茶碗蒸しは一体何だったのか



外れがなかった




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お昼に食べたのが

きのこ定食


冷がけ蕎麦が食べたかったので注文




きのこ嫌いの組員の目の前で食しました←




食後にはほうじ茶ソフト

助手さんが食べてみるといい、と仰っていたので

買っちゃいましたwww


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ご当地ソフトはやっぱり、イイネ(o^-')b


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帰りの新幹線で隣だった組員から

チョコバナナ八ッ橋を貰いました


此方も変わり種で面白かった

ゼミの旅行で京都・奈良に行った

2日目は自由行動ということで奈良県明日香村を訪れた


ここで近鉄デビュー


近鉄飛鳥駅下車 

そしてレンタサイクルの申し込み


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最初に向かったのは

吉備姫王墓内にある猿石

1702年(元禄2年)に梅山古墳の付近の平田村池田という

場所の田んぼから掘り出されて古墳の南側に置かれていたが、

明治初年ごろに現在の場所に移されたとか


近隣に欽明天皇陵

なんと、明日香村唯一の前方後円墳らしい


欽明天皇の頃といえば、百済から仏教が正式に伝わった時期

後に開花する飛鳥文化の源となる時代であった

                       (明日香村/立看板より)



【鬼の雪隠】

墳丘土を失った終末期古墳(7世紀後半・飛鳥時代)の石室の一部

鬼の雪隠は蓋石にあたり、鬼の俎(底石)から横転してきた状態にある



この周辺は霧が峰と呼ばれ、鬼が住み、通行人に霧を降らせて

迷った所をとらえて、俎の上で料理し、雪隠で用を足したという伝説がある




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鬼の俎                     鬼の雪隠
 


【亀石】

川原寺の四至(所領の四方の境界)を示す標石だといわれているが

いつ何の目的で作られたのか明らかではない


亀は今南西を向いているが

もし西を向いたら大和盆地は泥沼になるという伝説がある



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【橘寺と聖徳太子生誕の碑】


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【石舞台古墳】

封土を失い、露出した巨大な天井石が舞台の様相を呈している

一辺55mの方墳で7世紀前半の築造とされ

蘇我馬子の墓といわれているが確証はないようである



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【酒船石】

水を使う儀式用か庭園施設の一部か様々な説がある


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【亀型石造物】

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【飛鳥板蓋宮跡】

中大兄皇子らの蘇我入鹿刺殺事件(乙巳の変)の舞台となった

皇極天皇の板蓋宮をまん中に天武天皇・舒明天皇の宮が

上下に重なる飛鳥の中心遺跡



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【入鹿の首塚】


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【飛鳥寺】

蘇我馬子創建といわれる

塔を三方から金堂が囲む日本初の本格寺院だったが、

創建時の堂塔は失われ補修の跡も痛々しい釈迦如来坐像が伝わっている

当初は法隆寺釈迦三尊像と同様の三尊形式だったはずだが両脇侍像は失われ、

創作当時の部分は顔の上半分、左耳、右手の第2・3・4指に残るのみだといわれる


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【橿原神宮】

記紀において初代天皇とされている神武天皇を祀るため、

神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされる地に

橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、

明治23年に官幣大社として創建された


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参考資料

ウィキペディア

るるぶ情報版 京都奈良 11年度版

高校の修学旅行で姫路城に行った時の写真(のデータ)を発見



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立派ですね…

現存している、というのが凄い


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※おまけ


姫路城近くの売店にて↓


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「ごめんなさい 手動です」


謝られたら受け入れざるをえないでしょうwwwwwwww




姫路城近くの桜の木↓


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「さくらが疲れています 少し休ませてあげましょう」




((((((ノ゚⊿゚)ノ

なんか…擬人化してる??




面白かったので載せてみました





やっぱり気になる


それが「血液型」…

以前心理学のレポートでこんなことを書いた



1. 血液型ステレオタイプで性格を判断できるといえるのか

血液型ステレオタイプで人の性格を判断する際私個人も自分の血液型と性格の関連について興味があり、

A型は几帳面、B型はマイペース、O型は大雑把、AB型は天才型、という分析が多く、

断定的な印象を受ける。

高校生のときにB型の血液型別の診断書を購入した。その本は、


B型の性格のマイナスを払拭する旨の文を序章で述べているが、次章からはB型を「だ

らしない」とか「人のアイディアに耳を貸さない」と評価していた。受け止め方は人

それぞれだが、見方を変えればB型を罵倒しているようにも見える。

B型と一口に言っても様々な人間がいる。これは周知の事実であり、

他の血液型も然りである。血液型で簡単に人を判断する人はそう多くはないだろうが、 

身近では時折、友人から自分の血液型ステレオタイプに基づいた性格を指摘されること 

は案外少なくないのではないだろうか。血液型ステレオタイプは日常生活に定着しつつ

あり、大袈裟な言い方をすれば対人関係を左右することもある。ゆえに血液型ステレオ

イプで人を判断するのは言語道断だと主張したい。



2. 血液型による偏見は何故生じたのか

授業で血液型ステレオタイプは科学的に根拠がないことについて触れられたが、

渋谷・小野寺(2006)にも

「血液型性格判断の結果と、性格心理学の理論に基づいて作成された性格テスト(たとえばYG性格検査など)の結果との間には、一貫した関連性は認められていません。」(p166)とあるように、明確に根拠がないことが述べられている。

そもそも何故血液型ステレオタイプが生まれたのであろうか。

それは主にマスメディアや、血液型に関する本の出版が要因ではないかと考えられる。実際、2004年頃に血液型性格関連説に関するテレビ番組が年間約70本放映され、血液型ブームが巻き起こった。その結果、血液型の性格の概念が世間一般に伝播し、知らず知らずのうちに人の性格を画一化してみてしまうことに繋がった。BPOによる規制もあり、近頃は血液型を大々的に取り上げるような番組は減少した。


 

3. 血液型診断が人気なのは何故か

渋谷・小野寺(2006)に、

血液型性格判断が注目される理由が次のように述べられている。

「たとえば、友人を紹介するときも『彼はA型です』といえば、相手は一般的に知られ           ているA型の人の性格からその人をイメージすることができます。この手っ取り早さが、血液型性格判断が広まった理由のひとつと考えられます。 要するに、私たちは自分の性格を知る正確なものさしを持っていないので、身近にある血液型診断や雑誌の性格テストなどを利用しようとするといっていいのではないでしょうか。」(p167)

このように、血液型診断とは、自分の性格を知ろうと努めることは勿論、他人との付き合いをいわば円滑にするためにあり、血液型診断の指標となるものが編み出されたのではないかという予測が出来る。



5.おわりに

血液型に拘泥するとまではいかないが、血液型をこれほど意識する人種もいないといわれるほど日本人は血液型に興味を持っている。自分のことや他人のことを知りたいと思っても知る手掛かりが少ないため、性格診断というものに好奇心を示すのかもしれない。血液型による性格診断は血液型によって性質が大きく4つに分類されているため、手近で分かりやすいということが挙げられる。

しかし、その反面、血液型の性格診断には弊害もあることも忘れてはならない。世間一般に知れ渡ってしまった血液型ステレオタイプの影響でメディアの情報を鵜呑みにする「血ヲタ」と呼ばれる人々が出現し、血液型ブームが後退しつつある現在でも騒がれている。「血ヲタ」とまでは呼ばれなくても、人の血液型を聞いて人を判断するということは差別をなくそうとする者にとっては脅威になりかねない。そのことを肝に銘じて我々は対人関係を営んでいく必要がある。



こんなことを1年前に書いた


血液型で人を差別するのはよくないと主張してきたが

友人が「O型はこうだ」とか言うと不思議と頷けてしまう


自分のことは言われたくないくせに

人のことは気になってしまう私は、その話を興味深く聞いた



そもそも「○○ちゃんってこんな人」という人の話をすると

必ずと言っていいほど「ああ、A型だもんね」

というのが自然と会話の中に入ってきてしまう


少なくとも自分が属する集団では

そんな話になる


「今日、全部の血液型揃ったねー」


はっきり言ってどうでもいい話だ

「それで?」と返して言った張本人が閉口したらそれまでだが

「○○ちゃんはこうだからこうしてああして…だからA型だよね」

と論じられてしまうと敵わない


「ああー…確かに」と妙に納得してしまう



ステレオタイプというのはなんだかんだ言って

知らない間に埋め込まれてしまっているのかもしれない


血液型を知ってしまうと

ステレオタイプに沿った見方でその人を見てしまう

そして、ステレオタイプと比較して

「○○ちゃんってA型の割には…」という文言が生まれるのかもしれない



多分次回に続く→