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日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 

昨日受けた授業、非常に興味深かった

というのが、「鎖国」という言葉の捉え方について


TPPは平成の開国だ、という方もいらっしゃるかと思うが

これまでの日本は閉鎖的だったのか、と言われるとそうでもない


どういった状態を鎖国といったのであろうか


日本史B用語集には以下のように記されている

 ・禁教と貿易統制を目標に日本人の海外渡航禁止と外国船来航規制を断行したこと

 ・鎖国の語は19世紀初め志筑忠雄がケンペル『日本誌』の一部を「鎖国論」として

 抄訳したのがはじまりとされる


ケンペル…ドイツ人医師・博物学者で、蘭商館医師として1690~92年まで日本に滞在

志筑忠雄…蘭学者、オランダ通詞


「鎖国」は負のイメージで捉えられやすいが

文化の面から見ると日本固有の文化が形成されたということで

プラスのイメージに捉えなおすことができるそうである


日本は、「鎖国」をしているとはいえ、

中国・朝鮮・琉球・オランダと交易を続けた 

ゆえに、国を閉ざしているというより、

積極的な対外関係の編成と言った方が近いのかもしれないということだそうだ









秋田には

「芋の子汁」という料理があるのです!


芋煮とはちょっと違うかもしれない



10月3連休に母が来て

作ってくれた芋の子汁がこちら



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今回は醤油ベース


芋の子、というのは里芋のことで

横手市山内のとれたてを使用


とろりとした粘りと、もちもち感がたまらない



他に具は

鶏肉、こんにゃく、ねぎ、まいたけ  


作り方は、味噌汁作る要領で


里芋はよく煮ないといけないので下茹でをしてから

他の具と煮込むといいと思います



山形の芋煮と違うのは

鶏肉を使っていることでしょうか?












先週、宮城県松島町瑞巌寺に

ゼミの先生とゼミ生4人で行った



改修工事に伴い、遺跡調査が行われていた


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ゼミの先生には本当に感謝をしている


普段は非公開なのだそうだが

ゼミ生4人特別に見学をさせてもらった




内部の写真も撮ったが

公には出来ないので、簡単な説明にとどめておきたい


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我々の入ったところは

いわば藩主以上のクラスの人間しか入れなかった所と言われている

見学する際にヘルメットを渡された


ヘルメットがあって本当に良かった

足元ばかりでなく頭上も注意しなければならなかった



まず、瑞巌寺の前身となる

中世の頃の円福寺の四半敷(しはんじき)を見た

禅宗寺院に特徴的な貴壇舗装だそうだ


他に五輪塔や板碑など貴重な遺物を見ること、触れることが出来た



その後、上部に移動

瓦を取り外し、屋根の骨組みが露わに

木材には、慶長年間に書かれた墨書や、明治時代に埋め込まれたボルトがあった


取り外さなければ分からないことが見えてくる




今回の調査でなかなかお目にかかることが出来ない内部を堪能することが出来た

同時に自分の知識のなさを痛感


もっと専門的な事を知っていれば

もっと楽しく解説を聴くことが出来たのに…と後悔もした



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【五大堂】

坂上田村麻呂がこの地に毘沙門堂を建て、

828年慈覚大師が松島寺を建てて、ここに五大明王を祀り、

五大堂と呼ぶようになったのが縁起である


現存する建物は伊達政宗の時代に建立されたもの


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五大堂からのぞむ松島


嗚呼、絶景かな…




見学のあとに…


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ずんだ入りメロンパンを食す

外はカリッサクッ 中はしっとりしてとても食べ応えがあった



そして、見学の前に…


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サザエでございます


甘辛く煮てあって

昼から日本酒が吞みたくなった

1か月実家にいたので

国指定の遺跡になった大鳥井山遺跡へ


この遺跡、小学生の頃の自分にとって遊び場で

国指定になったことを聞いて驚愕


しかも平泉が世界文化遺産登録する前に…



この遺跡は

平泉の柳之御所遺跡から発掘された硯と同系統の硯が発掘され

平泉文化形成の前提となったという推測がなされていること、

前九年・後三年合戦に関連する遺跡として最近、注目されている




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清原頼遠の根拠地であったことが

『陸奥話記』などから認識されている



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