【回想録】
1時限目 日本近代史
あのあんこミルクプリンでお馴染になった先生の授業 今日で3回目だが
内容云々よりも先生の言動が面白くてツボにハマる
…授業を受けている我々よりも先にツボにハマるww
今日はやけに、噛んでいた
「早速」を「しゃっしょく」と言ってみたり…何か疾しいことでもあるのかww
今日、学んだことは
伝記に描かれている人物は、誇張している場合が多々あるということ
井上馨は「100石取りの中士」にも関わらず、「貧しい家の出」と書かれることがあるのだという
(全部が全部という訳ではないが)
素朴下級武士論というのがある
①中央・地方官の役人
②明治の功臣
③伝記的イメージ
④軍事的側面
下級武士が役人として登用されるには
ある程度の知識と教養を持ち合わせていなければならない
したがって、それほど貧乏ではないのである
(こういう言い方もどうかとは思うが)
2時限目は休講
3時限目は日本女性史
前回に引き続き明治期の国家と女性について
まず、前回見ることが出来なかった、唐人お吉の墓の写真を見ることが出来た
初代の墓に刻まれた文字は、削り取られていたようで
「らしやめん」だったお吉を疎ましく思った者らが削ったとされている
また、先生は、玉泉寺の写真も見せてくださった
そこには牛乳発祥の碑があり、
お吉が、病のハリスのために禁を犯して和牛の牛乳を飲ませたと伝えられているそうだ
お吉は、本当に尽くす女性だった…
さて、本題
明治10年以降になると、欧化主義的思考から復古主義的思考への移行がはじまった
ボアソナード草案の民法に穂積八束が「日本の世相に合っていない」と主張
民法典論争を経るも、ボアソナード草案の民法は採用されなかった
1898年 明治民法 公布(6月) 施行(7月)
明治民法の「第四編」には夫婦同姓が掲げられている
それまで夫婦は別姓だった
明治民法施行前における妻の氏は
「嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用フ可キ事」とある
すなわち結婚しても妻は姓は変えないということだった
今現在、夫婦別姓に反対する人の中には「夫婦同姓は古くから言われているから」と
仰る方もいるそうだが、夫婦別姓の時代があった、という事実があるので
「古くから言われているから」というのは理由が薄いものになってしまう
また、刑法における女性の扱いは酷いものだった
妻の不倫は姦通罪 また、女性のみ墜胎罪というものがあった
男性の遊郭での遊びは認められたのにも関わらず、女性は浮気禁止
なぜなら、早い話女性は、男子を産む機械とみなされていたからである
女性が浮気相手との間に男子を作ると
その男子は夫ではなく浮気相手の後継ぎとなってしまう
それを懸念して女性の浮気、というものは認められなかった
夫の言うことは絶対服従 姑の言うことも絶対服従
嫁は、肩身の狭い思いで生活していたようだ
嫁の仕事は、家事全般、そして男子を産むこと
男子が生まれなければ、「石女」と言われたり、離縁させられることもあったという
「男は仕事、女は家事」という考えも
この時期に生まれた
いわゆる家父長制、近代家族のはじまりである
明治期の女性たちは、大変な苦労をしてきた
恋愛にしても自由がない
与謝野晶子は例外であるが…
今からすれば、彼女は女性の美しさを「みだれ髪」に綴ったり
「君死にたまふことなかれ」で反戦論を説いたりと
進んだ考えを持った女性だったと思う
いずれにせよ、明治を生き抜いてきた女性は、本当に強い…
今の女性も素晴らしい人いっぱいいるけどね