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日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 

【回想録】


日本史関連の講義と言うものが1コマしかないので

そのことについて書こうと思う


今日は生活文化史

先週も触れたが、音楽の文化史


1.外国人は明治初期の日本の音をどのように感じたか

2.幕末維新期に鳴り響いた西洋の音


上記2項目について学んだ


1.では外国人が聞いた日本の音について


・和声(合唱)という習慣がない

・歩調が揃わない

・戦争を賛美する歌がない


大森貝塚を発見したことで有名なモースは、

日記『日本 その日その日』で


「彼ら(日本)の音楽は最も粗雑なもののように思われる

和声のないことは確かである


と述べている


リズムもどうやら不規則に聴こえ、

不意に切断するのが了解できぬ、と語っていたそうだ



しかし、小学校で遊戯や音楽を習うと、

歩調を合わせて歩くようになったようである



2.ではペリー一行が持ち込んだ音楽について

鼓笛隊の演奏


ヤンキー・ドゥードル(アルプス一万尺)が日本の海浜に

響き渡ったというエピソード


このことを話した先生は



「あんまり歌いたくないので歌いませんが、面白い曲です」


と、付け加えた

歌おうとしたのか、沈黙が続いたが 「(やっぱ)いいや!」と言った


本当にかわいい




日本でも鼓笛隊が創設された


その鼓笛隊の演奏の再現CDを聴いたが

あまりの完成度の低さに笑えた


ヘタなリコーダーの音を聴いているかのようだった



ついでにあの有名な「オッペケペー節」を聴いた



なんともいえないぐだぐだ感が楽しかった



他に

ミンストレル・ショーの曲を聴いた


白人が黒人の格好をして音楽を披露するもの



ん…?なんかこれって…

ラッツ&スターじゃないか…??


先生も


「よくないんですけどね シャネルズ…ですよね 田代ま○しがいた」


全員苦笑



奇しくもレジュメにはミンストレル・ショー横浜公演の史料が載っていた

田代容疑者が逮捕された場所も横浜


…なんと、まあ


運命?を感じますな





スポーツ実技終了後




ミルクあんこプリン

カスタードあんこプリンを食した




2つも食べたのか??



と、思った方




んなこたァないよ…




全部一人で食べた訳ではない

そんなプリンに貪欲な訳がない←





友達と食べた





友達のtwitvideoに写真があるので

プリンちゃんの実態が気になる方はどうぞご覧ください


http://twitvideo.jp/03ZYZ

今日、英語の授業が始まる前に

達と寿司の話になった


どういう経緯でその話になったかは忘れてしまったが


彼女は「かっぱ巻きは美味い」と頻りに言う


「どうしてかっぱ巻きが好きなの?」と

納豆巻き派の私が尋ねると



河童(胡瓜)、舎利(米)、草(海苔)の

食感のハーモニーが、たまらないとのこと。


彼女は自分でかっぱ巻きを作ることがあるそうだ


お手軽なのは分かるが、私はそこまでして食べようとは思わない



お寿司に何故胡瓜が欠かせないのか



それは…

口の中をさっぱりさせ、新たな食欲を

かきたてる役割があるからだそうだ


※参考資料  

創業50年 横浜・野毛の錦寿司さんのホームページ



納得した



あああ、確かに、な



でも最終的に…

かっぱ巻きばっかり食べるのも淋しい気がするね











師匠という人


私が勝手にそう呼ばせてもらっている

師匠とは霞城公園で出会った


会ってすぐ互いに

この人は心の底から日本史が好きなんだということが、ひしひしと伝わった


熱心にお話されると、耳を傾けたくなる


そして、質問したくなるのだ


普段、人見知りかつ積極的というより寧ろ消極的な

自分が師匠の前で平然と歴史を語っている 



久しぶりに心が躍った



会ってまだ2回目

師匠のことをまだよく知らない


それなのに師匠は親しく接してくれる



とても不思議な心地よさを感じたのである




師匠は、私を弟子、というより友人として見ている

友人としての信頼関係を築いていこうと思っている



ひょっとしたら「師弟」ではなく「友人」なのかもしれない




でも、私にとっては師匠だ



日本史を学ぶには「知」「情」「愛」が必要だと師匠は言った


知識、知性

そして、日本史にかける情熱


愛というのは、特定の人だけではなく、万人を愛する

「慈愛」の心


人との関わりなくしては、日本史を学ぶことはできないという



日本史だけではないかもしれないが





目立たず、自然に、さりげなく



そういった師匠の言葉が忘れられない

















日本史的覚書


福島県桑折町

ここは、奥州街道と羽州街道の分岐点

そして、伊達氏の居城跡がある町


初代朝宗の墓所がある


上の写真は旧伊達郡役所

明治16年、保原町にあった郡役所を桑折町民が誘致し、新たに建てたもの

桑折町のシンボル的建物



※「桑折宿」まちナビ推進協議会、桑折町産業振興課 制作

  「桑折まちナビマップ」より抜粋




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向かって左が羽州街道

右が奥州街道




日本史的覚書


上の写真は振袖地蔵


秋田藩の殿様が参勤交代で江戸に向かう途中、この地で

一人の美しい女性を見染め、帰国の際に侍女に召そうとしたが

娘はすでに病死し、殿様は娘の供養のために地蔵を建てたと言われている


享保2年建立




福島県桑折町~福島県国見町~宮城県白石市経由


桑折町では、

名物の「だんご汁」を頂いた


だまこ汁のようなものを想像していたが、

岩手県のひっつみ汁のようで


東北人の舌に合う味付けだった

お店の雰囲気も良く

…アットホームだった


テーブルの上に折敷というスタイルの食事


どこかで見たことがあるようなww