【回想録】
1時限目 日本近代史
先生が始業開始のチャイムが鳴っても来なかった
暫くして…
先生が教室に入ってきた
マイクを持った後、思いがけない言葉が…
「えー…とですね、先にですね…今、体調が滅茶苦茶なんですよww」
な、なんだとー
先生…大丈夫か…?
確かに顔が青い…具合が悪そう
「ちょっとですね、肩こりで…首と、頭が…」
「でも、皆さん1時限目朝早いのに来ていただいたので…」
そういって授業を開始したのだが
先生は時折言葉を詰まらせたり、無言になったり…
そして遂に席を外してしまったのである
「ちょっとまってくださいwwええと、体調が悪いんで…できそうになくて
やめても大丈夫ですかねwww」
1時限目は、なんと20分で終了
先生、お大事にしてください…
2時限目の先生も、「鼻声で」と言いながら授業をしていた
先生方…お疲れなのでしょうか…?
3時限目は日本女性史
日本近代女性史に欠かせない人物
今日は雑誌「青鞜」関連の人物が取り上げられた
それが平塚らいてう、与謝野晶子らである
「元始、女性は太陽であった…」という文言
多くの方はご存じなのではないだろうか
これは「青鞜」発刊の辞である
よく、らいてうは、女性解放を推進したとか言われているが
女性の政治的・社会的権利を主張したわけではなく
どちらかといえば女性の自我形成に尽力した人物なのである
平塚らいてうは、スキャンダルの多い女性だったようだ
最も当時のマスメディアが過剰に報道したという話だが…
・男性と自殺未遂
・5歳年下の画家・奥村博史と婚姻手続きをせず、事実婚
特に後者のことについて触れるが
らいてうは、家父長制を嫌い、夫婦別姓をとったため
世間から非難を浴びた
当時、「事実婚」という言葉がなかったため、
このことはマスコミにとって恰好の材料となったのである
夫婦別姓について
女性史の先生は賛成 そして同姓には否定的
「『夫婦同姓は伝統』 ハァ?」
と仰った先生に同意する
私が今日最も関心を寄せたのが
「貞操論争」なるものである
社員の生田花世が、
かつて生活難から売春をしたことを雑誌「反響」で告白した
食べるということが第一にあって、
自分の貞操は二の次であったという
これを非難したのが同じく社員の安田皐月
「青鞜」で「飢えて死んでも私は私を生かさないでは置かない」
と、貞操は守るべきであると語った
これに対し、伊藤野枝は、
「私はむしろ未練なく自分からヴァージニティを遂い出してしまう」と述べた
伊藤の言っていることは
一見、尻軽女の発言に聞こえるかもしれない
しかし、この発言の裏には
生活を営むために身を犠牲にしていた女性たちの姿があったのだ
この「貞操論争」は、
未亡人の再婚さえ非難がましく言われた性意識を揺るがす
問題提起となったのである
為になったなあ…





