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日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 


なんて自分は果報者なのであろうか


演劇サークルの部外者たる自分が、演劇の公演で

場内アナウンスを担当させて頂くことになったのだ


このアナウンスのオファー、

演劇サークルに所属する友人からあったのだ


高校のときに放送部だった

ということもあり、(アナウンスやってなかったけど)

貴重な体験ができると思って引き受けた



今日は、公演前日

団員ともほとんど初顔合わせ


…準備をしていたところ

「誰ですか?」と聞かれた


アナウンス入れる話は

正式に伝わっていなかったようだorz



しかし、団員の皆さんはいい人たちばかりだった




アナウンスするのは高3の文化祭以来

そしてどちらかといえば、文化祭は音響等を担当していたが



舞台に立つ役者さんたちは

普段の佇まいから想像が出来ないほどの熱演

そして、声の通りが違うと思った


高校の演劇部とは比べ物にならない


音響も証明も段取りを踏んで真剣そのもの

役者は6名いたが

自分の出番以外には、他の人の演技を見て

気がついたところを、ホワイトボードに書き込んでいた



「皆で作り上げている」

それがひしひしと伝わった


リハーサル終了後のミーティングでは

反省会、次の日に向けての意気込みを語った


一人一人が指摘されたところを真摯に受け止めていた



その様子をみて、感動した



特に演出を担当した団員に感動した




彼女は観察眼が鋭く、全体に目を配り、


役者に対しては、

「楽しんで演じて周り考えないでいいから 責任は全部私に押しつけて」

と言っていた


責任を負うというのはプレッシャーが伴うもの 

それを承知の上で「責任を押しつけて」というから

相当の覚悟があるのだと思う



「ダメって言ったらダメなんだ!」

という名言も飛び出した


台詞や動作の失敗を恐れないで立ち向かってやる

という意志が感じられた



3ヵ月前から練習を開始

通しのリハーサルが3回


短期間で見せる形が出来たのは

団員の団結力によるところが大きい



そんな生のドラマを間近で見ることが出来て

幸せであった



明日は本番

真剣に楽しんで、舞台の成功を見届けたいと思う


















ずっとこのネタを引っ張ってきたが、今日で完結


最後に毛越寺へ…


時間が押し迫っていたため

有料駐車場のおじさんが

「時間内から無料で通します」と言ってくれた


流石岩手県民!



まず、宝物館へ

宝物館には毛越寺一山に伝わる平安期の

仏像、書籍、工芸品などを陳列している



そして、大泉が池へ…
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対岸には枝垂れ桜が…

春の毛越寺も綺麗なんだろうな…




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遣水は山水を池に取り入れるための水路

平安時代の遺構としては日本唯一のものだとか



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本堂脇の紅葉

黄色~赤のグラデーションが美しい



で、本堂


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本尊は薬師如来(平安時代作)

脇士日光・月光菩薩を安置



毛越寺を出る頃は、辺りが真っ暗



帰りにお土産でも買おうと中尊寺の土産物屋に寄ったが



…「夕焼け小焼け」が聴こえてきた



まさか…



店の人「すみません、トイレだけなら開けていますが…」

先生「あ、そうですかwww」



そして、完全に暗くなった…

まだ午後5時なのにwww



結局、高速のSAで買い物

岩手・宮城の県境なのに何故か、きりたんぽが置かれていたww



友達は

チョコ南部(クランチにした南部せんべいにチョコをコーティングしたもの)、

こめていら(米粉でできたカステラ)を

それぞれ購入


吉四六は

牛タンを購入www


「皆さん、何をお求めになったんですかー」と先生

私はすかさず「牛タンです!酒のつまみです←」と答える



帰りの車内は

深夜のテンションだった



頻りに「酒飲みたい、酒飲みたい」と言っていた気がする



吉四六「酔いたいなー酔い潰れたいなー」

先生「酒煽っちゃいけないよwww」




先生へ


本当にカオスですみませんでした…

そして、楽しくて有意義な旅になりました


今度、せんとくんに会いに行きましょうね←  











次に柳之御所史跡公園へ


柳之御所とは…

12世紀末に奥州藤原氏が政治を行った場所と考えられており

『吾妻鏡』に記されている「平泉館」と推定されている



まず柳之御所資料館に足を運ぶ

なんと入館料無料


柳之御所から出土した品の展示の他、

CGのVTRや中心建物の模型を見ることが出来た



出土品の多くは

かわらけ(使い捨ての杯)


秀衡は、度々宴会を行っていたのだろうか…

なんと、10トンものかわらけが出土


酒好きだなあ…



かわらけの他には、陶磁器、

ヨ●スケ氏が持っていそうな大きなシャモジ、


そして極めつけは

「ちゅう木」


物差のような形をしているが実は、

トイレットペーパーの役割を果たしていたもの


研究で菌が付着していることを確認したとかで…

汚物廃棄穴(トイレ)から出土している


公園内をまわろうとしたら


先生が、髭を蓄えた男性から声をかけられていた

後で知ったがこの方は「平泉研究のドン」だったのだ



行く先々で声をかけられる先生を見ていると

改めて先生の偉大さを感じる



柳之御所公園は、整備され、下のようになっている

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酒に酔った秀衡が通ったのではないか

…という妄想を膨らます


通称:酔っ払いロード



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ここがいわゆる「広場」



先生が我々に説明をしているときに

4号バイパスの方から


逆向きに走行している車を発見


全員、その光景に爆笑!!

逆向きに走行しているように見えたが、

実は運ばれていただけ、というオチ


変な景観


先生思わず

「興ざめだよーーーwww」と、コメント



それから、平泉文化遺産センターへ

展示スペース…凝っていたな…


平泉は、北緯39度に位置しており、

シルクロードの終点にあたる


それから中尊寺は、

奥州の中心にあるということをうかがった


中尊寺の名の由来とも言われている


展示品の他、VTRも豊富

中でも、無量光院のCG映像に心奪われた


【無量光院】

秀衡が宇治平等院鳳凰堂にならい、建立した

南北に長い伽藍の中心線は金鶏山と直線で結ばれる

春と秋の2回、その稜線上には、夕刻になると日輪が下がり、

一日のうちで最も荘厳な落日の一瞬が現れる

※参考文献「平泉」

岩手県教育委員会事務局生涯学習文化課

パンフレットによる説明


センターを後にしようとしたとき

夕日が傾き始めていた


無量光院跡から望む落日を拝みたいと思った我々は

先生に懇願



無量光院跡に着いたころには

空が赤く染まり始めていた

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跡地は現在調査中



当時の礎石が残されており、

夕日を望みながら奥州藤原氏に思いを馳せた




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毛越寺編に続く





昨日の続き


我々は、まず中尊寺を訪れた


「山登る前に腹ごしらえでもしようー」と先生



というわけで昼食

拘りのない4人は、商売上手なおばさんに捕まってしまい

言われるがままお店の2階へ


座敷に座ってメニューを眺める

当初ラーメンかなんかにしようかと思ったが


『冬季限定』


え?

ラーメンは冬の食べ物なの?



僅かな期待を胸に、注文をした者もいたが


「ラーメン恋しい季節ですけどね…やってないんですよ」

と、お店の方


…結局全員ざるそば…


コシの強いそばでなかなか噛みきれない

そんな中、隣の席の人は、わんこそばを注文していた


尊敬する←



メニューを眺めていた折

私は、酒好きな先生に冗談交じりで

「熱燗ありますよーww」と誘惑


「飲んじゃおっかなーwww」

「先生!それは危険です!!酒にお強いといえど飲酒運転はいけないです!」

「あ、そっかwww」


面白い…


そして、山を登る


月見坂という長く、急な坂を登る

東物見、八幡堂を横目で見て通り過ぎる


弁慶堂の前には

みんなだいすき(?)弁慶の顔はめが…!


勿論、やらねばならない←

顔はめ代表者を写真におさめ、弁慶堂を後にした



そして、いよいよ本堂へ


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本尊(阿弥陀如来)を拝もうとした矢先、


どたどたどたっと、足音が聞こえた


なんだと思ったら

5歳位の男の子が本堂の中で手を合わせていたのである

…ぶっとんだ光景だった



その様子を眺めていた先生は、私たちを見て

「(あの子と一緒に)上がり込んだら?」と笑う


それに対して、

我々は「あと、何歳か若かったらやっています!」と返答した


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紅葉の並木道を歩き、

いよいよ、金色堂の前へ…


金色堂(と言っても覆堂)は、太陽の光で輝いていた



かの松尾芭蕉が

中尊寺を訪れた際に読んだ句が思い浮かんでくる


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『五月雨の 降り残してや 光堂』



シチュエーションは異なるが、

なんとなく「光堂」を感じることが出来た



金色堂を見る前に讃衡蔵へ


讃衡蔵には奥州藤原氏の

遺宝、国宝、重要文化財3000点以上が収蔵されている


中でも印象深かったのが

四代目泰衡の首級が収められていた首桶である


首桶の中から蓮の種子が発見され

現在、中尊寺ハスとして珍重されている



そして、いよいよ金色堂へ…


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金色堂(国宝)


天治元年(1124)の建立

中尊寺創建当初の唯一の遺構

本尊は阿弥陀如来


仏壇4本の巻柱、長押は螺鈿細工・蒔絵の粋が施されている


夜光貝、紫檀、アフリカ象の象牙などの材料は

当時の交易の深さを物語る


中央の須弥壇の中に、初代清衡、向かって左の壇に二代基衡、

右に三代秀衡の遺体と泰衡の首級が納められている


※参考文献…「関山 中尊寺」パンフレット



極楽浄土の世界を見ているかのようだった


するとそこに…


先程のガキンチ…失礼、男の子が観光客に紛れ込んで

金色堂を見ようと一生懸命、飛び跳ねていた

見れないことが分かると彼は、膨れっ面をしながら

後退していった…


金色堂を後にし、

経堂へ…

すると、また先程の、クソガ…失礼、男の子が経堂の中にいた


それを見た先生は

「まあ、土足で上がってないし…ね」と苦笑




【旧覆堂】

なんと、鎌倉時代に建てられたもの


旧覆堂には「千社札禁止」という表示がなされていたのにも関わらず

…普通に貼ってあるしwww


そして、旧覆堂の柱には何故か賽銭が刺さっていた



【白山神社】

ここで、近世能舞台では、

東日本随一とされる能舞台を見ることが出来た

この能舞台は仙台藩が再建したもの


ついでにおみくじを引いてみる


私は小吉だった

中身には散々な事が


―「勉強をすること」

ハイ、勉強不足でした


―「待ち人…来ません」

断言しちゃったよ…


―「心配」

という文字…


浮かれてちゃダメってことねwww




「柳之御所~無量光院編」に続く










歴史考古学でお世話になっている先生と

同じ学科の子と一緒に平泉に行った


一言でいえば、濃い一日であった



平泉の史跡をほぼめぐることが出来たからである



先生が運転する車

車内は話が途切れることがほとんどなかった



私は、昔平泉に行ったことがあるらしいが記憶にない

ほぼ初めての感覚であった



講義で学んで

実際にその土地をめぐる


しかも、先生の解説付き…なんて贅沢なんだろう 




そんな濃密な時間の記録は、一気に書くことが出来ないので

分けて書いていきたいと思う