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日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 


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【笹野観音堂(幸徳院)】

坂上田村麻呂の開基、大同元年(806)に法相宗の名僧徳一上人に

よって中興されたと伝えられている

天正以来(1573年以来)伊達氏・上杉氏の信仰篤く

現在の御堂は天保4年(1843)に当時の藩主であった上杉斉憲公が再建したもの


木造入母屋造りで正面に千鳥破風と軒唐破風を設け、

屋根は素朴な茅葺で重厚さを保持

建築年代が明らかな建物である



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【日朝寺】

上杉家に仕えた千坂家の墓所

千坂兵部の墓がある

浅野家城代家老大石内蔵助山鹿素行の同門の

智者であり武学者であった


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【善立寺】

藁科松伯の墓所

松伯は、上杉鷹山の御側医であり、学問の師であった





※日朝寺、善立寺は、道に迷って偶然発見した…





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【羽黒神社】

明和4年(1769)上杉治憲(鷹山)が家督を継いだ当時、

米沢藩の財政は危機に瀕していたが

数々の大改革を成し遂げ藩の窮乏を救った


治憲に多大な影響を与えた人物こそ治憲が

生涯の師と慕った細井平洲であった

寛政8年(1796)9月6日、

3度目の米沢下向となった師平洲との再会に際し、

自らがこの地に出向いて恩師を迎え、丁重にその労をねぎらった


平洲69歳、治憲46歳であった


羽黒神社は縁起によると大同元年に建立し、羽黒堂と称されていたが

明治5年に大物忌神社、昭和7年に羽黒神社と改称した


羽黒神社の境内は普門院とともに「上杉治憲敬師郊迎跡」として

国指定史跡となっている


米沢市教育委員会設置看板より



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【普門院】

治憲が平洲を新築間もない普門院に案内した

休息を取った部屋や茶器、湯桶などの諸道具が当時のまま残っている

治憲が高齢の師を労り礼をつくした様子は平洲門下樺島石簗(久留米藩の儒臣)に

送った書簡に詳しく記され、境内にある「一字一涙の碑」はその一節を刻んだもの



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本堂


薬師如来が見れなくて残念

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一字一涙の碑



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平洲手植えの椿



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【米沢藩主上杉家廟所】国指定史跡

米沢藩主上杉家の墓所で昭和59年に国の史跡に指定

正面中央が上杉謙信の廟で

その左右に初代藩主上杉景勝から12代藩主斉定の廟が交互に建つ



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廟のつくりは、埋葬方法によって異なる


景勝(2代)~宗房(8代)  火葬 入母屋造り

重定(9代)~成定(12代) 土葬 宝形造り



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↑偶数藩主の廟


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↑奇数藩主の廟



3代目と5代目の廟の間隔があいている

4代目の時代に30万石から15万石に減封されたためだとか



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正面の杉の木… 大きい






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【法音寺】

上杉家歴代藩主の菩提寺で

秘仏の善光寺如来三尊像と付属の仏具を安置している

その来歴は1555年の第二回川中島合戦の際、上杉謙信は

長野善光寺の仏像・仏具を越後に持ち帰り

その後上杉家の移封に伴って米沢に移った













春日山林泉寺


山形大学工学部を過ぎると、看板が見える


上杉家の菩提寺で、上杉氏に伴い越後春日山より米沢に移った

境内には藩主妻子や一族の墓所があり、

直江兼続夫妻・武田信清の墓をはじめ重臣たちの墓が並ぶ

また、兼続逝去時の位牌を祀る



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寺号「林泉寺」は上杉謙信の父重景の法名 

山号「春日山」は謙信が上杉家を相続した折上杉家の氏神である

春日大明神を祀ったことによるもの

斜平山を借景とした庭園は米沢三名園の一つに数えられている



戦国BASARAをやっている人はピンと来たかもしれない

上杉謙信に仕える忍の「かすが」の名前はここからきている 

言うまでもないが、かすがは、架空の人物である



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のぼりがたくさん…!!




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甘粕備後守墓

実は、今年で没後400年




大河ドラマでパパイヤ鈴木さんが演じて話題になった


「甘粕って誰?」

「ああーパパイヤ鈴木か」 

…このように認知されている



墓は「万年塔」

万年塔とは直江兼続が考案した、米沢独特の墓石

中がくりぬかれ、側面に穴があけられた長方形の石の上に、屋根をのせた形をしている

有事の際には屋根を取り外してバリケードとし、

また、洪水の際には土をつめて土嚢になるようにと考えられたもの




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ふれあし観音


観音様の御足に触れると、その功徳を得ることが出来る

足腰を丈夫に、体も心も健康にという願いがこめられている



観音様の背後にあるのが上杉家墓所 

主に藩主の奥方が眠る



歴代藩主は、御廟所に眠る


墓所には、

上杉景勝母 仙洞院(綾御前)

上杉景勝室 菊姫(甲州夫人)

上杉綱勝室 媛姫らの墓がある


媛姫は、19歳で夭折

夫綱勝、父保科正之は彼女の死を悼んだ


そのためか墓の大きさは、一際大きい


春日山林泉寺を訪れることがあれば、是非見ていただきたい









 





日本酒…

徐々にその魅力にとりつかれていった



アルコール臭の強い飲料だと思っていたが…



呑めるようになって…嗚呼、米の味がする…




初めて呑んだ日本酒は、

新潟の「雪椿」


教養ゼミで一緒になった新潟出身の子が持ってきてくれたのだが…

これが美味しい!


米どころの酒は美味い

米の甘みがじわじわと口いっぱいに広がるのだ



呑んだ酒を挙げてみる


まんさくの花(梅まんさく/秋田)

高清水(辛口生貯/秋田)

大山(山形)

雪っこ(岩手)

両関(銀紋/秋田)

北鹿(秋田)

初孫(雪恋花/山形)

鬼ころし(兵庫)



地元・秋田の酒が多い




濁り酒は、米の甘さが引き立っている

特に、「雪っこ」「雪恋花」 


名前に「雪」が使われているだけある

ふわっと軽めで呑みやすい



私個人は、

高清水が一番好きだ




辛口生貯は

辛いが、フルーティで病みつきになる←



酒もロクに分からない若輩者が酒を語るな、という話だが



日本酒は、美味しいんですよ!!!!!!


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これは、今日買った米沢の「東光」