3月10日 実家(秋田県横手市)に帰郷
3月11日 地震発生 M9.0 津波警報発令
横手市 震度5強観測 停電
安否確認のメール相次ぐ
米沢にいる友人の無事を確認
あまりにも長い揺れが続いたため
地震が発生した当初は、実家近辺が震源地だと思った
私は実家の2階の部屋におり、ストーブの電源、コンセントを抜き、
1階にいる祖母の元へ駆けた
祖父母の部屋の棚が散乱
台所のテーブルの下でラジオを聴いた
震源が宮城県沖 震度7を宮城県栗原市で観測 我が耳を疑った
津波警報、注意報が発令されたと聴いたが実感がわかなかった
情報源は常にラジオだった
地震発生時に、某温泉施設に行っていた祖父は
丁度湯船の中で湯が波立ったのを目撃した
祖母の心配をよそにけろりとした表情で帰宅した
祖父は、昭和10年の男鹿地震を経験していたためさほど動揺しなかったらしい
夕方に母がカップ麺を手に帰宅
断水を見越して水をペットボトルに入れ、湯を沸かして暖をとった
ラジオからは被害状況が延々と流れた
遂に携帯の充電が切れた
十分に充電をしていなかったため、切れるのが早かった
就寝前
陸前高田市が壊滅的被害を受けたという情報を聴いた
3月12日 断水
飲料水を求め、商店を中心に走り回った
断水の影響により我が家の水洗トイレが使えず、
残り湯に加え融雪水を集めて流した
夜間に水道、電気が復旧
テレビをつけ、惨状を目の当たりにする
この世のものとは思えなかった
津波が広範囲に渡り、逃げまどう人の行く手を阻んだ
家屋も車も飲みこまれた
「東日本大震災」を漸く理解したときだった
隣県が被害に遭い
何もしてあげることができない
無力感に苛まれた
だが、励ましてくれたのが被災したり、
大切な人を津波で亡くしたりした友人だった
励ますべき自分が逆に励まされてしまった
みんな、つよい
こういうことを言うのは不謹慎かもしれないが
東北、北関東が被災して良かった
被災したのが大都会だったら
こんなに冷静ではいられなかったし
東北の人の粘り強さというものに改めて気付かされた
そして、団結力…これが、ものを言った
近所、集落同士の関わりが密接だったからこそ助かった人もいる
大地震、大津波は多くのものを奪ったが
多くの希望を生んだ
地元・横手市では自粛ムード打開を図る決起会が催される
今回の震災に伴い、自粛ムードが各地で広がりを見せ、
その影響でホテル、観光業、飲食業等が経済危機に直面している
こういうときだからこそ
非被災者の我々が元気であるべきだと思う
被災地の特産を買おう!
これも私たちにできることだ