日本史的覚書 -12ページ目

日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 

5月5日 晴れ

雨女の勢力衰退中…嬉しいことですけどね


米沢に留学生が来た


で、あるからして、

上杉神社に行った お土産買った



散りはじめだったが…

桜+お堀

なんて最高なロケーション!


水面に、はらはらと零れた桜が、また素敵



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あと、暫く見ないうちに

こんな像が立ってました

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景勝と兼続の、「天地人」像



こうなったら、今度は直江夫妻像とか、慶次像とかね

つくりゃいいのに…あ、金かかるか


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米沢名物の鯉さんにも桜が…


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境内のしだれ桜

こういうのも趣深い…



午後から留学生歓迎会という名の吞み会


ツイッターでしか会ったことない

のんたんと初対面


生・のんたん!

麗しきおなごであった…(●´ω`●)



それに落ち着いてる…

強い、この人wwwww



私は吞む前から出来上がっていました

ただ、どんな具合だったかというのは、

人様に聞いた方が早いかと思いますので、

のんたんのブログ、「とある女子の桃色六弦」

というブログを参照していただければ幸い(こらこら…)



夕飯は、お七特製コンソメスープ。

やっぱ、人に作ってもらった方が、美味い。コンソメスープ。


そして、リクエストにお応えして「横手やきそば」を持参


のんたんが

お土産として大量のつまみ、一ノ蔵の「超辛口」を持ってきてくれました

化粧箱の大きさに驚愕


一升瓶だったのである…



味は、申し分なかったが、あとから浮遊感が← 


絵を描いたり、動画みたり、

下ネタを言いまくったり(オイ) 楽しうございました



これは、のんたんから貰った↓


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シリコン製蒸し鍋


これで調理が簡単になりそう\(^o^)/



のんたん、来てくれてありがとう

そして、この吞兵衛に付き合ってくれてありがとうwww




GW中、実家から母とその友人が米沢にやってきた

せっかくなので桜の名所を巡ろうと、長井市へ向かった


川西町経由

犬川地区に差し掛かる…


立看板が見えた

「下小松古墳群」…((((((ノ゚⊿゚)ノハッ!!!!!!


実は、川西町に行った折、雨が降り、

下小松古墳群を見ずに帰ってしまって心残りだったのである


母たちにせがんで小森山支群を散策することに…


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はじめに調査がおこなわれた

K36号墳(前方後円墳)

整備が行き届いている…ええ形や…wwwww


円部                  方部


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K50号墳 郡中最大の古墳33.8m↓


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の、上に立っている母上とご友人www



さて、メインイベント?

桜の名所へ向かった


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【伊佐沢の久保桜】

樹齢1200年、国指定天然記念物

かつて「四反桜」の名でも親しまれていた

四反というのは、約4000平方メートル

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【草岡の大明神桜】

こちらも樹齢1200年 国指定天然記念物

伊達政宗の伝説が残る桜

人里に植えられた桜としては最大の太さで

日本で2番目に大きい



草岡の大明神桜の近くに

古代の丘があったので、ついでに見学?


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毎度おなじみ、竪穴住居(復元)

高畠のうきたむ風土記の丘考古資料館にもありました



で、一番びっくりしたのが



この…



土偶ちゃんたち\(゜□゜)/


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母上「ええ!これ、みんな埴輪???」

私「…土偶だよ」

母「いいけどさ、これ本物?」↓


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友人「実物がこんなに大きかったら古墳の中に入らないじゃないですか!」

私「その…古墳に入るのが、埴輪なんです…」



念のため…

全部、土偶です。サイズ大きめにしちゃった土偶です。


と、やけくそ。


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だって!だって!

π乙がついてるじゃん!雌!


明らかに土偶


母は「こんなのが土偶なのー?」と言う…

うん。こういう土偶がいっぱい出てきたんだよ。



こんなやりとりが何度かありました。





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松川沿いの桜は7分咲き(4月29日現在)





某友人らが「美味い」と絶賛した龍上海に行きました

赤湯発祥の辛味噌ラーメンが有名

開店30分前に着いたが、早くも長蛇の列

休日だったため家族連れがほとんど


カウンターに座れた

ぞろぞろとお客さんが来て

あっというまに満席


カウンター席の後ろに待つ人の席が…

視線を感じた…


ご、ごめんなさい!!←


少し動揺して、箸逆に持ってそのまま食べてしまったwww


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私は元来醤油派

だが、、、この味噌はいけた!

魚介系のスープに

辛味噌を溶かし入れて食べると深く複雑な味わいに…


麺にもスープが絡んで美味でした





もうひとつ、マイブームが…

それが角松敏生さん

今年でデビュー30周年


ブームはもう小6から始まってます←



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4月27日発売のアルバム

「1998-2010」


ヘビロテでございます

密林から届いたその日から聴いてます


個人としては「TIME TUNNEL」というアルバムの楽曲が好きです

細部まで音に拘ってます


私は音楽に関しては素人ですが

初めて聴いたとき子供心ながらに「曲凄いな」と思えた方です


周りになかなか知っている人がいなくて少し残念


同世代の友人らは、

角松敏生としてではなく

AGHARTAとしてリリースした「WAになっておどろう」は、ギリで分かるみたいです


むしろV6カバーの方がメジャーなのかな?



「みんなのうた」で流れた方ですよ!と声高に言いたい今日この頃












320円(往復640円)区間の旅

米坂線に乗って川西町へ


川西町といえば、ダリアだが、時期外れ


自分の中で「置賜地方の史跡をめぐる」ことを目標にしているので

ダリア目的で行った訳ではないことを明白にしておきたい←




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JR羽前小松駅


まず、半年以上前から行ってみたいと思っていた

県指定史跡天神森古墳へ…



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【天神森古墳】


昔から地元の有職者に「古墳ではないか」と言われていたが

昭和10年当時、東北地方に古墳は存在しないだろうという考えから

古墳ではないとの見解に落ち着いたことがある


しかし、隣接する市町村から古墳が発見され、

再び天神森が注目されるようになった


後に学術調査、発掘調査等が行われ

すべて人為的な土盛りを行っていることが判明

また、出土した土器より4世紀後半につくられたことが推定された



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川西町出身の作家・井上ひさし氏が

少年時代によく遊んだ場所だったという天神森古墳は

全長75mと第一級の前方後方墳である

上の写真は、前方部


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こちらは後方部


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横から見た図

向かって左が前方部、右が後方部である



次に、調子に乗って

埋蔵文化財資料展示室に行こうとしたが、休館

その上、雨も降り出して気持ちが沈んだ


イザべラ・バードの碑は見れたが


アルカディアの塔も…、なんか…、覆われてるしなあ!!←


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※イザべラ・バード(1831-1904)


イギリスの旅行家、紀行作家

明治時代の北海道、東北、関西を旅した

置賜地方を「エデンの園」とし、その風景を「東洋のアルカディア」と評した




城跡も巡りたい欲があったので、

小松城址へ…


小松城は、米沢城の支城だったという


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町を歩いていると、


ドン・ガバチョがいた!!!

流石地元はやることが違うね


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【市神様】


商業の発展を祈る地域の人々によって建立された

碑には天明3年(1783)正月吉日の名が刻まれている



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【嵐山酒造】


「花娘」という地酒で名高い醸造元

建物は大正期に建てられた洋風建築



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【原田城跡(置賜公園)】


伊達家宿老原田氏の居城で平山城

伊達家が岩出山に移る天正19年(1591)まで

米沢北郊の戦術的支城の役割を担った



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最後に、上り下り列車両方撮れて良かったです


(満面のドヤ顔)

東日本大震災から1月以上経過した

東北新幹線が運転再開といった喜ばしいニュースもある中で

悲しいニュースを耳にした


福島から避難してきた児童が避難先の児童にいじめられていた事実が判明した

千葉の避難先で「放射能がうつる」と言われた子もいたそうだ


声を大にして言いたい


避難したくて避難したんじゃない

避難せざるをなかったのだ


各自治体は、避難する人を受け入れる体勢でいるにもかかわらず

その自治体の住民は受け入れようとしない


この現状に愕然とした


今日、昨日と福島出身の友人と話した


原発の影響もあって


郡山の子は

「福島全体が悪いイメージになっている」という旨のことを語ってくれた


いわきの子は

震災が起こったとき、海岸から3㎞の地点まで津波が達したというが、

難を逃れることが出来たという


彼女は小名浜に住んでいた


震災後ライフラインはすべて止まり、

スーパーに8時間以上並んで食料を手に入れた

給水車の列にも並んだそうで


新学期を迎えるまで想像を絶する暮らしをしていた



福島の人は、本当に頑張っている

地震、津波に加え、原発による被害に耐えてきた


そんな福島の人を受け入れないとは許しがたい


風評被害もいいとこだ



福島の人は、何も悪くない

悪いことなんかしていない


むしろ、被害に耐え抜いてきた

その我慢強さを褒めたたえるべきだ