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横浜のすしや、吉祥のブログ

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昨日の夜は、料理長と二人で久しぶりに食事に出た


数件のお店に行って最後のお店はここ



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http://www.aizawa-sushi.jp/


関内の弁天通りにある『 寿司処 相澤 』


横浜では有名な名店である


店主の相澤氏は最高人質の食材を使い


彼の話術と笑顔でここ関内のお客を喜ばせる




もうすでにお腹は一杯だったのでおつまみを少し


1つは北海道産の生ししゃも



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焼いて食べるともはやししゃもとは思えない程の甘みと香り


『 旨い!! 』の一言



途中、にぎりを頼むが写真を撮り忘れていて


唯一 ”赤貝” を撮った



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白菜漬けの握り



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ネタケースの中は深夜になっていたこともありスッキリしていた


中で皮も食べれる巨峰を発見



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最近はあまり行くことがないが他のお寿司屋さんは勉強になる



ここ『 寿司処 相澤 』には店主の相澤氏に会いにくる


彼の包みこむような接客とお客を満足させようと思う


熱い思いがいつも伝わってくる


寿司屋に行くというよりは彼に会いに行いく



数あるお店の中からお客様に選んで頂くにはそれなりの理由がある


昨晩、彼から学んだのは一級品の食材だけではこの商売はやっていけない


『 人を想う 』という根本的な職人に必須条件を忘れずに取り組むこと



近年、日本人が忘れかけているものを思い出させてくれる


最高のお店であることは間違いない


今日は横須賀店での勤務

日中は予約がいっぱい

個室から大広間まで一杯の予約で朝から準備でバタバタ

一般のお客様もそこそこ来てくれてお店は終始バタバタ

少し落ち着いたと思うと次の予約がまた来て…

結局夜までみんなぶっち切り

お昼ご飯もないし休みもなくみんなよくやった

夜になってご飯食べてないことに気付いた

朝早くから店長を筆頭に荻野氏やユウタまで

本当によくやってくれたと思います

一人一人が必死になっている姿

素晴らしい光景でした

一人では決してなし得ない
チーム一丸となって乗り越えた1日でした

日頃から頑張っている彼らに改めて『 ありがとう 』
と言いたい

僕は心底思う


彼らのような仲間がいりことを幸せだと

今日新しい本を購入した



『 からだにおいしい 魚の便利帳 』
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1400円もしたので迷ったが


横須賀のユウタに見せたくて買った




内容は魚について様々な事が記されている
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種類や特製、意外な生体など
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寿司をやっている人でも意外に知らない事も


これはお勧めの一冊です


ぜひ皆さんも一冊購入してみては??

10月に入り早々に嫌なことばかり





そんな中で昔の友人から久し振りに連絡をもらった


懐かしかった


彼は韓国人



そして彼と興味深い話ができた




日本という国はこのせまい国土の中に


1億人以上の人が生活をしている



あと30年すると人口は9千万人を下回ると言われている





最近の日本って昔と違うなぁと思う


それに比べて中国やアメリカ、イギリスなどの


新興国も同様




そこで




思った




『 韓国 』って今だに変わらない



韓国の中心部 【明洞】なんかははっきり言って


日本と大して変わらない


なのにあの国は確実に成長してるしパワーが違う


サッカーだって10年前はあんなに強くなかったし


韓国の企業はものすごいグローバル化もしている



でも



基本的な人間性はあまり変わっていないような気がする



韓国の人は親の前では絶対タバコを吸わないとか


お酒は目上の人の前では横を向いて飲むとか




古き日本にも、かつてあったような 『 心 』みたいなもの


韓国の人はブレていないような気がする




もちろんみんながみんなそうあるわけではない



でも未だに日本人が韓流映画やドラマにハマるのは


かつての日本という国の残影を観たいからなのでは??




日本だって終戦から今日に至るまで


ものすごいスピードで復興、発展をした



高度経済成長期


かの有名な田中角栄のような斬新で奇抜な政治家も


今のような時代では通用しないのかもしれない



韓国は大統領制度



かつては宮廷が存在したあの国も南北統一を目指し


今でも苦闘の日々を送っているのだろう




どんな世界にも時代と共に変化する



人も町も文化も風習も


そんな中で変わっては欲しくないものもある


グローバル化と言って古来の日本独自が生み出した


世界に誇れる『 日本の心 』はいったいどこへ行ってしまったのだろう


欧米化の進む中で僕はこの『 心 』は忘れたくない



いつも言う『 感謝 』の念は永遠であるべき日本人の誇りではないだろうか

今日は残念な報告があります

我が社で働いていたアイドル

えりちゃんのファイナルランでした

初めて会ったのは約3年前
たまプラーザの店舗でした
今まで出会ったことのない少し変わった子

色々な板前がいる中で彼女の存在は大きかった

これからは自身の"夢"の為に頑張るそうです

個人的にも応援してあげたい大事な仲間です

長いようで短かったこれまでの間

本当にありがとうございました

またゆっくり飯行きましょう

がんばれ!えりちゃん!
あっと言う間に9月も終わりました

夏の激しい暑さにも終わりを告げて夕方にもなると鈴虫が秋の到来をつげています

今日はあいにくの雨です

湿気が電車の窓を曇らせ、もうすぐそこまで来ている冬を感じます

こんな雨の中でも有り難くご予約いただきました

日中は横須賀店で○越様 8名様

次回のご予約まで頂いてしまいました

○田様 4名様
いつもご利用ありがとうございます




夜は本店2階


ここ 嘉祥 にて

18時から2名様

18時半から7名様

19時から3名様

みなさんおまかせ1万円こーす

秋は食べ物がおいしい時期です

最高の料理とおもてなしでお待ちしております
仕事って男である限り一生のテーマだと思っていた

振り替えると、今まで色々やってきたなぁと思う

最近、横須賀店のユウタと色々話をした時があった

彼とは5つ歳が離れている
5年前の自分とは明らかに違っていて、何とも言えぬ気持ちだった

会社組織では、人が嫌がる仕事を誰よりも率先してやり、向こう見ずに走り続ければ必ずいつも理解は得られてきた

何人でも不得意なものはあり、それを克服する勇気と努力が必要である

その為に苦労は惜しまない
僕も最初は、寿司とか板前とか魚とか知らなかった

知らないから朝起きて社長に市場で教えてもらった

ましてや、経理や労務、総務的な事も同じく知らない
だから本を読み人に聞いて勉強した

知らないとか、出来ないっていう事にすごく劣等感があって嫌だった

『 何の為にやるのか? 』
自分の為に、将来の為に

自分の為に、将来の為にならない環境で働くことは決して良くない

いつもそう考えてきた

『 自己価値向上 』

前職の会社での社訓でもあった言葉

今まで自分がやってきた事に自信を持っている

何故なら常に

『 自己価値向上 』に務めてきたから

会社の発展と共に自分も発展していきたい

そう

うちの社員に足りないものってこれなんじゃ?

『 自己犠牲 』は良くない
でも発展や成長、前進とか未来

それがない時点でやる意味がない

何だかそういうものを感じられる人がいない

目先の給料とか休みとかばっかり見てる奴しかいない
会社も目先ばかりを見てしまっているのかもしれない
嫌な風潮である

少し前に料理長に聞かれた


『 5年後どうしてたい? 』


答えは

変わらない


自分と家族、周りの皆が幸せであればいい


あの時 料理長は

『 仕事でだよ? 』

と聞いてきた


答えは変わらない

正に仕事でも私生活でも

"幸せな人生"

こそが全て

『 自己価値向上 』

無しにしてこれからはない

そして社員一同皆が目標を持って将来を大切にする

『 自己価値向上 』

の集団になりたい

目先ばかりはもう嫌だ
今日は"募集"についてです
一般的に寿司屋の板前になりたければ、寿司屋に見習いで入る

恐らくこれが寿司屋の板前の入り口ではないだろうか?

始めは雑用ばかりで少しづつ他の仕事をさせてもらい
いつかは握りに務めたい。
親方はいつも恐い人

厳しい縦社会の中でその苦境を乗り越えた者が 【板前】として認められる

見習いは見習い程度の待遇しかないため給与も極めて少なく長い時間働く

『 勉強だから仕方ない 』
自分に言い聞かせ、やりたいことも我慢してひたすら『 出口の無いトンネル 』
を全速力で走り続ける

気が付くと時は発ち、残ったものは…

末路が来るから『未来』といわれるならば、末路が無い場合は『未無』とでもいうのだれうか?

【若い者には夢と希望を】
若い者の夢を穂先で摘み取る様な事はしてはいけない
『 可能性を信じ、彼らにチャンスを』

うちの代表 村田はそう考える

実は彼自身まだ若干45歳
しかも見た目にも若い

そういう彼だからこそそういう考えなんだと思う

うちの会社では、寿司屋の割に全体の平均年齢も若い
歳を取り社会で揉まれ、酸いも甘いもよくよく知っておられる先輩方は大切に重んじる

しかし若く、これからを担う精鋭達はもっと大切にしよう

何故なら彼らにどうしても勝てないものがあるから

【若さ】

どう頑張ってもこれは勝てない

ならば共存して力を借り、力を貸そう

そうすれば僕らももっと強くなれる

うちの社長は若い可能性を信じて疑いません

是非、彼の下で働いてみてはいかがでしょう?

若い精鋭達!集まれ!


今日は横須賀店のレポートです


今日は何だろう・・・?とユウタに聞くと
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目玉焼き・ご飯・味噌汁でした


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目玉焼きの下にこっそり


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豆腐ハンバーグです


店長は一升近く白飯を食べていました


また今月も原価が・・・


意外と質素ながらヘルシーメニューです


夏もどこへ行ったのか・・??と思って


しまう位今日の横須賀は涼しく、ジャケットが必要な程



外はあいにくの雨です


前は雨ってすごく嫌だったけど最近は変わった


雨の日は雨の日でそれなりにいい


今日はお店も静かで、みんなボッーとしている


何年前だったろう??雨が少なくて水不足になったのは・・・


昔って水不足とか米不足とかあったけど最近はないなぁ



さて、今日はうちの会社の超人?異人?怪物?


異常者?天才?はたまた変態?


そう その名も池沢純(総料理長)について


そもそも彼と僕の出会いは、共通の友人から始まった


よその会社の内情なんて基本的に入って見てみなきゃ


わからないだろう


そんな中で、彼とたまたま働く事になり、そこで全貌を知った



当時うちの会社ではたまプラーザに店舗があり彼はそこにいた


毎日、暇・暇・暇でしょうがない店


何とかすべく総料理長自ら店舗に入っていた


ぼくはそこへ行き売上とはかけ離れた人件費の根源、


遊ぶ板前さん達を目にした


競争社会の日本ではなかなかお目にかかれない光景だった


口も素行も悪い板さん達がそこではのさぼっている


彼らと共存することに内心憤りを感じていたが当時は勉強だた思った


『 同じ目的を持てない者と働く 』 ということがこんなに辛いと初めて知った瞬間


今までの自分がどれだけ恵まれた環境にいたのかと実感させられた


毎日売上回復の為、従業員の労働環境の見直し、


今まで無かった社内のクリエイティブな発想や立案と実行


『 毎日空が晴れていればいいのになぁ 』 と思っていた頃だった


雨じゃお客さんも可哀そうだろうとか、ランチも晴れてる方がいい


なんてよく考えていた


クレームも入社初日からあったが、記憶を辿って考えると


恐らく珍しいことではなかったんだろうと思える


『 これじゃどうにもなんないなぁ 』 『 無理かもなぁ 』


なんて考えているとそこにはいつも


池沢純(総料理長)がいた


彼は前述にも記したように超人的変態だから


【働く】ことに限界が無い


彼だけには1日が24時間ではなく30時間位あったのでは??


と思える程、彼は当時から現場で働き続けた


『 無理じゃない 』と思ったのはここら辺からだった


毎日彼と様々な事を相談して改善、提案しまくった


『 もっとストレートに迅速な 』 と行動を起こそうとすると


彼は『 物事にはオブラートに包んで伝える 』という事を教えてくれた


前の会社でもオブラートに包んでる暇なんてなく、<そんな


暇があるならさっさと改善しろ>というのが基本であった中


彼は従業員の目線で皆が気分を害さない方法をとっていた


正に初めて出会ったタイプの人だったし、勉強になった


昭和のサラリーマンのように会社、お客さん、従業員の為に


身を粉にして働いていた


最終的にはお店はうまくいかなかったけどそこで耐え凌いだ記憶は


これからも何度も回想するであろう自分の中の記録になった


悔しくも最後まで彼とはここの場を共に闘うことは出来なかったが


得たものは図りしれない


『 責任 』という堅く重い重責を自ら自認していける彼のような人材


が社内に居ることを僕は誇りに思い、一生涯の友人であり続けたいと思う


どれだけの会社が、『 責任 』 『 責務 』と向き合い逃げることなく


向い会える人間をもっているか??


少なくとも彼の横で学んだ自分を含めうちの会社では2名いる


唯一、彼は未だ結婚できていない