夏もどこへ行ったのか・・??と思って
しまう位今日の横須賀は涼しく、ジャケットが必要な程
外はあいにくの雨です
前は雨ってすごく嫌だったけど最近は変わった
雨の日は雨の日でそれなりにいい
今日はお店も静かで、みんなボッーとしている
何年前だったろう??雨が少なくて水不足になったのは・・・
昔って水不足とか米不足とかあったけど最近はないなぁ
さて、今日はうちの会社の超人?異人?怪物?
異常者?天才?はたまた変態?
そう その名も池沢純(総料理長)について
そもそも彼と僕の出会いは、共通の友人から始まった
よその会社の内情なんて基本的に入って見てみなきゃ
わからないだろう
そんな中で、彼とたまたま働く事になり、そこで全貌を知った
当時うちの会社ではたまプラーザに店舗があり彼はそこにいた
毎日、暇・暇・暇でしょうがない店
何とかすべく総料理長自ら店舗に入っていた
ぼくはそこへ行き売上とはかけ離れた人件費の根源、
遊ぶ板前さん達を目にした
競争社会の日本ではなかなかお目にかかれない光景だった
口も素行も悪い板さん達がそこではのさぼっている
彼らと共存することに内心憤りを感じていたが当時は勉強だた思った
『 同じ目的を持てない者と働く 』 ということがこんなに辛いと初めて知った瞬間
今までの自分がどれだけ恵まれた環境にいたのかと実感させられた
毎日売上回復の為、従業員の労働環境の見直し、
今まで無かった社内のクリエイティブな発想や立案と実行
『 毎日空が晴れていればいいのになぁ 』 と思っていた頃だった
雨じゃお客さんも可哀そうだろうとか、ランチも晴れてる方がいい
なんてよく考えていた
クレームも入社初日からあったが、記憶を辿って考えると
恐らく珍しいことではなかったんだろうと思える
『 これじゃどうにもなんないなぁ 』 『 無理かもなぁ 』
なんて考えているとそこにはいつも
池沢純(総料理長)がいた
彼は前述にも記したように超人的変態だから
【働く】ことに限界が無い
彼だけには1日が24時間ではなく30時間位あったのでは??
と思える程、彼は当時から現場で働き続けた
『 無理じゃない 』と思ったのはここら辺からだった
毎日彼と様々な事を相談して改善、提案しまくった
『 もっとストレートに迅速な 』 と行動を起こそうとすると
彼は『 物事にはオブラートに包んで伝える 』という事を教えてくれた
前の会社でもオブラートに包んでる暇なんてなく、<そんな
暇があるならさっさと改善しろ>というのが基本であった中
彼は従業員の目線で皆が気分を害さない方法をとっていた
正に初めて出会ったタイプの人だったし、勉強になった
昭和のサラリーマンのように会社、お客さん、従業員の為に
身を粉にして働いていた
最終的にはお店はうまくいかなかったけどそこで耐え凌いだ記憶は
これからも何度も回想するであろう自分の中の記録になった
悔しくも最後まで彼とはここの場を共に闘うことは出来なかったが
得たものは図りしれない
『 責任 』という堅く重い重責を自ら自認していける彼のような人材
が社内に居ることを僕は誇りに思い、一生涯の友人であり続けたいと思う
どれだけの会社が、『 責任 』 『 責務 』と向き合い逃げることなく
向い会える人間をもっているか??
少なくとも彼の横で学んだ自分を含めうちの会社では2名いる
唯一、彼は未だ結婚できていない