悟りとは、夢が夢であると気づくこと | 吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。

ブログを通して様々な人と繋がれるのは、

インターネットの普及があってこそです。
 
 
話は変わりますが、
仏教の教えでは、人生は苦しいものであるから
その苦しみを消し去るべきであるという教えが説かれます。
仏陀は悟りの境地に達し、苦しみを完全に消し去られました。
 
悟りと一概にいっても、
それがどんな状態かわかりづらいので、
しばしば、「夢から覚める時」の例えがされます。
 
人は、眠りが浅くなると夢を見ますが、
夢の中においては、見えている世界や現象が
そのまま存在しているかのように感じます。
しかし、夢から覚めると、
その世界、現象が存在しないことに気が付きます。
 
要するに、
夢の中にいる間が、苦しんでいる状態
夢から覚めた瞬間が、悟った状態
に喩えられている訳です。
修行者が仏陀の境地に至るとはどういうことなのかが
私たちが朝、目覚めた瞬間にそれまで見ていた世界が
現実世界ではないと気づくことに
似たものであるということです。
 
夢をみている最中に
その世界が「幻」と気づくには、
目の前の事象を当たり前と思わない開けた視野が必要であり、
とても難しいことです。
それ故修行が必要なのだと思います。
 
以上のことは、
悟りの境地を目指す修行者のための教えですが、
現代に生きるわれわれへの教えにもなり得るものです。
苦しみを全て消すことは不可能でも少しでも
苦しまない生き方への助けとなるでしょう。
 
その一つとして、
現代ではインターネットの普及によって、
簡単に様々な情報を手に入れられます。
人は、情報を知り知識を得ると
おのずと考えに変化が生まれます。
つまり、インターネットで沢山の情報を知ることは、
開けた視野を獲得することに繋がります。
 
情報を得れば得るだけ良いという訳ではありませんが、
視野は、狭いよりも広い方が人生を楽な方向に
進ませてくれるのではないでしょうか。