ITTO大和田駅前校。教える。


丁寧に説明すると、良く分かり、良く出来る様になる。その様に考える人が多いだろう。完全に間違いと言う訳では無いが、あまり、お勧めは出来ない。


「分かる」と「出来る」は違うのだ。

「分かる」の延長線上に、「出来る」がある訳では無い。


「机」。皆、言えるだろう。言うことが「出来る」。これだけで十分だろう。これ以上、踏み込みますか? 「机って、何なのか? 説明して⁈」なんて。


自身の身の回りにあるもの、その殆どを、認識することが「出来る」筈だ。そして、問題なく、使うことも「出来る」筈だ。それ以上を、求めますか?

レンジで温めることが「出来る」ことが大事であり、何故温まるのか「分かる」必要はないでしょう。エアコンは? 自動車は? 殆どの物は、使うことが「出来る」だけで良い筈です。何故、その様な使い方が? それを「分かる」必要はないですよね。


教科の学習の多くの部分も同じです。生徒も、保護者様も、先生も、「分かる」を求め過ぎています。必要ないのに、、⁉︎


私が、生徒に言っていること。先生にも伝えています。「出来るを増やしましょう!」と。もっと端的に、「◯を増やしましょう!」と言っています。


教えるということにおいても、「過ぎたるは、及ばざるごとし」なのです。何事も、やり過ぎは、良くないですね。心したいですね。


先生には、付け加えて、と言うか、先ず最初に言っています。「先生! 楽しんでますか❗️」と。

先生自らが「楽しい」と感じることが大事です。それが、生徒に伝播する感じが良いですね。生徒にも、十分に「楽しい」と感じて欲しいですから! だって、教科の学習に限らず、学習というものは、本来、究極に「楽しい」ものなのですから!


大いに「楽しい」と感じながら、「出来る」を増やしていく。それが、学習の本来の姿です。

それを実現出来る様に、「教える」ことを実践してしていきます❗️