自分にとっての違和感は、違和感でしかない。
他の人のそれに対する評価は全く関係がない。
本当は、最初の方から感じていたことも、ある種のトラウマがそれを感じないようにしていたようだ。気づかないふりをし、あまりにも過剰にそれに適応しようとしていた。
適応できないのは、失敗であると…。
けれど、あくまでも、自分にとっての違和感は違和感で、そして自分にとって良いものは良いもので。
自分の「本当に」やるべきことを見つけられない内、人は、内部に大きな虚無を抱えているようだ。
中身が無いから、物差しは他人や世間の価値基準で、比較競争に陥る。
虚無というエネルギーはなぜか人の欲や弱点を突くのがうまく、他人からエネルギーを奪って生き延びる。
虚無という伝染病の正体をやっと捉えることができたように感じる。そうわかるとなぜかある種のお試しもくるけれど、気づくことができているようだ。
何かの風景画のように眺めていればいい。
悪魔絵の正体見たり
という気分…
悪魔絵も変わっていくことだろう
我ここに在り