創造主は、
圧倒的な自由を私たちに与えたもうた。
どんな醜悪な悪にでも転ぶ自由を。
どんな至高の善にでも成れる自由を。
だから、
悪であることを許しているのではなく、
悪に転ぶ姿を前にして、
ただ、
口をつぐむ時があるのだと思う。
口をつぐんで待つしかないのだと思う。
私たちの、
自由を侵さないために。
だけれども、
口をつぐんだ神の前に、
私たちが悪として存在を許されたとしても、
本当は私たちの良心は、
それを見逃していない。
よく奥底を見てみれば、
そうではないでしょうか。
例え開き直ったとしても、
その、奥底に。
自分の中のマグマが、
悪として表出するか、
善として表出するか、
選択は私たちの手にある。
これが、
私たしが実は神である証拠だ。
奥の院は、
私たちの魂の中にこそある。
・・・・・・・・。
インターネット越しに、
私たちは一体何をやり取りしているのだろう。
惹かれるということは、
反発するということでもあるのか…。
ぷぷぷのぷ。
(ナニソレ)