思いがけず、ヒルマ・アフ・クリントを知ることによって、当時の人智学協会の雰囲気を知ることができた。シュタイナーと1歳違いだが、神智学協会から人智学協会へ、シュタイナーを慕って移り、シュタイナーの死後、ドルナッハの人智学協会とは決別する。

 

私自身、長い間、もやもやしてきた、という言葉では到底足りないもやもやを感じきたけれど、ようやく、すっきりした。正確に言えば、長年葛藤があったので、まだ少し流したりないものもあるけれど、やがてすべてが流れていく予感がする。

 

当時はいくら調べてもわからなかった、シュタイナーの妻であるマリーシュタイナーのことも今回あるブログに行き着いた。そのブログには、マリーシュタイナーは、人智学を創った人でもあるが、自らそれを壊した人でもあると。そういう星(占星術)を持っているそうだ。マリーシュタイナーの二面性。しかし、結果的には、ある意味壊したことにより広がったのではと。要は、シュタイナーの側近もいれば、マリーシュタイナーの側近もいたということだ。

 

昔、マリーシュタイナーの言葉に簡単にスルーできないような違和感を覚え、もしかしたら誤訳ではないかと、できれば高橋先生にお伺いしたいとも思うくらいだったのだけれど、それでマリーシュタイナーとは一体どういう人だったのか調べたけれど、出てこなかった。ブログはその後に書かれたので見つからない訳である。

 

そのブログの記事の方も、マリーシュタイナーと名前を聞いただけで、胸にひっかかるものがあるのはどうしてだろうと、思ってきたそうだ。

 

マリーシュタイナーのことが、オイリュトミーに対する言葉にできない沈殿した違和感として絡みついているのではないかと、推理していたけれど、それは、半ば当たっていたのかもしれない。

 

オイリュトミーの理念も直観も、とても素晴らしいものだと思う。

 

けれど、魂の奥底で、オイリュトミー公演を観るたびに、複雑な心境になる人は、実はたくさんいるのでは無いだろうかと。シュタイナーの名前が大きすぎて、頭で納得させているような。このようなものだと思わされている。他を知らないというか。

 

ヒルマが、その後の人智学協会の矛盾を、オイリュトミーの矛盾を感じなかったとは思えない。ヒルマは、あくまでもシュタイナーを師として仰ぎ、個人として歩むことを決意したのだろう。

 

決別した後のヒルマの講演の言葉だったと思うが、どうか人々が、光と闇が自分の中にあることを認識できますように、とある。

 

マリーシュタイナーとて人間である。しかし、創業者の業は見えないところで引き継がれる。それを認識できなければ、オイリュトミーの発展は望めないだろう。もしくは、まったく違うところで、理念と直観は引き継がれていくのかもしれない。

 

 

 

 

そして、

私はヒルマと同じように、まず個人として歩む。

形としてはそのように行動しようとしていたけれど、頭が追いつかず引きずられていた。分裂していたというか。

 

 

 

 

自由!!

属するも属さないも自由。

白黒もなく、どちらでもいい。


 


 

いつか、ドルナッハ、スイスには訪れてみたい。