あきなひ憂し日覆は頭すれすれに
【作者】ねじめ正也
印章の輪郭は、「おしで」の世界から考えると結界なのだろうが、そこまでいかなくとも境界であることには間違いがありません。
この輪郭が欠けていると実印や銀行印として登録をすることを登録先が嫌がり、登録することが出来ません。
不思議なことに、篆刻芸術などの落款印は輪郭が欠けていることを雅味としての表現として認めています。
いやむしろ、実用印章のような鉄壁な線であることを嫌がります。
篆刻は新聞社主催の書道展や日展などがありますが、実用印章も業界団体が主催する競技会があります。
この7月に一つの競技会があり、審査員としてのぞみます。
審査員としての今までの経験で、この輪郭線に揺らぎや不揃いがあるものは、大方全体が揺らいでいます。
文字の線もそうですが、各々の持てるものが全て表現されます。
私は、第一に文字とそのレイアウトの安定を見ます。
ここに個性を見出そうとする人もいます。
奇をてらうということだと思うのですが、却って拙く見えてしまいます。
藤本胤峯先生著『印章と人生』のなかに「奇は邪道なり」という件がありますので、ご紹介しておきます。
・・・人は時には正道より奇道を好むものであるが、印章に於いては奇道は斥けねばならない。多少の刻法に自信のある者は、そこはかとなき才にまかせて我流の奇印を刻し、またこれを好んで依頼し、風変わりの印章を持ちたがる者も尠なくないが、私印はあくまで正法に基づいた印章をもって護身の宝器とすべきである。
古来名印といわれるものに奇道の作はない。或るものは軽妙に、或るものは重厚保に、各々の律のなかにあって、自由奔放の美しい姿を保っているところは、正に芸術の妙諦と云うべく、印章の生命も亦これに存在するのである。正しい印章を知るには、字法、章法の概念は必要である。・・・
本の中の文章を写していて、「各々の律」という言葉を再認識しました。
律は、結界であり境界であり、輪郭なのだと・・・それが個性を表出しています。
輪郭の重要性を再認識できました。
写真は、拙い作で申し訳ございません。
印篆は「鳥取砂丘之印」
小篆は「鳥取二十世紀梨」という課題です。
印影を押し補刀をする前の仕上げたての状態です。
そう言うのって見る機会が少ないと思い掲載させて頂きます。

