起し絵やきりゝと張りし雨の糸
【作者】高橋淡路女
印章彫刻において、「デザイン」という言葉はあまり使いません。印面デザインとかレイアウトという言葉を私が使うのは、消費者に分かりやすく説明したかったので、出来るだけ専門用語を使わないで印章の要は、印面のデザインであり、それを駆使することにより生まれる美の在る印章が良き印章であるということを知って頂きたいためであります。
最近、印章彫刻の職人や技能士と呼ばれる人のものよりデザイナーのハンコを良しとする風潮があるように感じています。デザイン業界の、たとえばグラフィックデザイナーがパソコンを利用して製作した印面デザインが、今までの伝統的ではあるが古く見慣れたものより、印章として見たことのない文字デザインや今までにない形状、規範を無視したレイアウト方法が市場に紹介されています。良し悪しは置いておいたとしても、少なくともそれは「OSHIDE」という印章の根幹をなす思想とは結びついていないということは言えるのではないだろうか。「OSHIDE」と印章は少し違うというお話をしましたが、大陸から伝来した中央集権的な政治制度のなかに内包された印章制度に依拠してきた印章ではありますが、400年くらい前の織豊時代からの木口彫刻の技術は、それ以降の社会と民のなかで鍛え上げられた工藝としての在り方を多く含み、社会的接点を多く持ったものとして今日に至っています。
その彫刻方法は、他の工藝と同様にデザインありきではなく、彫刻優先型のデザイン(彫刻の後に示されたデザイン)でありました。
それというのも、書や紙に描いたデザイン、今でいうパソコン画面のデザインではなく、印刀によるデザインであります。
その印刀は、基底刀と呼ばれるもので、通常の和的な彫刻刀とは随分と仕組みも彫刻方法も違います。その事は以前にもお話しましたので、ここでは述べません。
その印刀の基底の幅は1号刀と呼ばれる極細の幅から5号刀、6号刀とその幅を大きくしていきます。
印章に使われる文字、篆書はご存じのようにクネクネと画数が多く、縦横の文字線の間隔の数字で一つの文字が構成されます。その間隔のことを書の言葉を用いて分間といいます。この分間が如何に等しく、見ている者の目に飛び込んでくるかによりその印章の良し悪しがきまっていきます。文字線よりも空間が美を決めていきます。それを覚えていくのに、前述の印刀の幅の違いが職人の腕に自然に染み込んでいくのです。それは先人からの教えを受け継ぐという結論に達します。先人の思いは「OSHIDE」としての「約束」を重んじる道具をきちんと表現する(彫刻する)ということにつながっているのです。印刀がバトンとなり、繋がって今日の印章彫刻技術と職人を作っているといっても過言ではないのです。
そのバトン無きデザインは、印章ではないということで、ましてや「OSHIDE」では決してないということなのです。
工藝のデザインとして有名な芹沢銈介や柚木沙弥郎」のデザインは染色という仕事の結論としてのデザインであり、その仕事の中に柳宗悦の民藝という思想が乗っかり、さらに良きデザインに、我々を魅了してくれるのであります。
何処かから湧いて来たデザインが印章や染色に乗っかっても、それは本物ではないということです。


