8月5日から13日まで北海道ツーリングに行ってきました。
最初はF800で行く心算が、天候が悪そうだという事で、KLE250に変えました。
能取湖にて
今回のテーマは博物館めぐりです。
北海道の博物館はどれをとっても面白そうです。
会社のおばちゃんが「ウポポイへ行くと良いよ」というので先ずそこを目指します。
8月6日、青森でフェリーを待つ間にねぶたを見ました。
若けりゃ跳ねたかったな・・・・・・
函館ではやっぱりこの人の最後の地を訪ねなければと・・・・・・
土方をやらせたらやっぱり・・・・・・栗塚しかいねーよなあ。
なんたってカッケーもんなあ。(子供のころの印象って強いもんで)
ウポポイまでの間雨に降られながら
♪~~花の嵐か 血の雨か~ 今宵白刃に散るは何~(意外に影響されやすい?)
と謳いながらバイクを走らせます。
で、ウポポイ
まあ、この辺はお定まりの展示なのです。
でもこれなら二風谷のアイヌ文化博物館へ行った方が良いかもって思います。
違和感アリアリなのがこの展示。
シャクシャインの戦いも取り上げられています。
(以前訪ねたシャクシャイン像)
これによると・・・・・・
松前藩は他藩と違って米が取れなかったので、アイヌとの交易を独占することによって主な収入源としていたのです。
(ロシアとの密貿易説もある=抜け荷ですね)
取引は商い場知行制です。松前藩の位の高い侍が商人を連れて蝦夷地各地を回りました。
交換レートは干し鮭100本に対して米一俵でしたが、後に米が減らされていきます。
最終的には米が半分ほどになったと言います。
さらに和人がニシン漁などを始めるに至って労働力としてアイヌの人たちを酷使するようになり益々不満が高まったと説明されています。
砂金堀が盛んになるにつれ川が泥で汚されて鮭が採れなくなった事も一因でしょう。
それらが切っ掛けとなってクナシリメナシの乱が起こります。
このように和人が一方的に悪かったのだという筋書きで説明されております。
しかし、江戸幕府は松前藩の苛斂誅求を止めるように厳しく指導しており、その切っ掛けとなった近藤重蔵や最上徳内の存在は一行も出てきていません。
近藤重蔵はアイヌに対して、能力の高いモノも多く人として尊敬できる者どもだと述べております。
また幕閣にアイヌ保護を働きかけたりしております。
最上徳内はアイヌとの交易を公平に改善させたりしています。
また松前藩の禁令を破ってアイヌたちに文字を教えたり、辞書の編纂もしております。
真偽のほどは解りませんが幕府の隠密という説もアリ、松前藩は手が出せなかったそうです。
これら幕府の政策はロシアの南下に備えて住民の宣撫工作をしなければならない事情があった事は確かですが、幕府はアイヌ保護に傾いていたことは事実です。
なんだ、またお定まりの自虐史観かあ・・・・・
国がやるとクソだらけだよwww
さらに疑問点として、アイヌは米に依存していなかった筈なのですが、取引が公正でないと思うなら止めれば良かったのではないかという事です。
それについては何も言及されておりません。
つーことで白ける事この上ない展示でした。
これなら二風谷の博物館に行った方が良いんじゃないかと思います。
まあ、お土産は充実しているけどね。
図書コーナーではゴールデンカムイ全巻揃っておりましたwww








