202204-146:去りゆく人の幸のみぞ願う | 団塊世代の"愚考にため息"

団塊世代の"愚考にため息"

ふと思い出す過去の出来事と後悔。次々と、浮かんでは消えていく愚考を書きとめていけば、いつかはネタ切れになるはず。きっとその後は、良き日々の思い出だけが浮かんでくるにちがいない。


すっかり桜が満開。疫病感染リバウンドとか、ウクライナとかプーチンとかに気を取られているうちに桜が満開になっていました。そういえば、3密回避やリモートワークで電車に乗る機会がめっきり減ったため、この時期、地方都市から上京して通勤を始めた若い人たちを見る機会もなくなりました。昔は、エスカレータに乗れなくてたちどまったり、券売機の前で立ち往生したりしているシーンがありました。いまでは、スマホや非接触カードが普及してピッと改札を通れるようになっています。東京の敷居が一段と低くなっています。

若い頃は、去りゆく人がたくさんいました。
自分が追いかけている人数と、眼の前から消えていく人数が正比例していました。
目標とする人、見習いたい人、生き方に憧れを感じた人、眩しい先輩がたくさんいました。追いかけると相手は離れていきます、自分の気持ちと相手との距離は半比例していました。それでも、毎日新しい出会いがあり、古来より新来の数がまさりました。

昨今は、事情が様変わりしています。
追いかける人、目標とする人がめっきり少なくなりました。ましてや、この人についていきたいなどと思う人は現れなくなりました。リスク優先で、違和感を覚える人には近づかない、付き合うと時間とカネを失うリスクを感じる人は相手にしなくなりました。
損切りしたつもりの相手から、「去りゆく人の幸のみぞ願う」と逆にエールを送られているかもしれません。気がついても対応はいたしません。気がつかないふりをして「見てるだけ」です。