折込広告減収→ポスティング増収 | 団塊世代の"愚考にため息"

団塊世代の"愚考にため息"

ふと思い出す過去の出来事と後悔。次々と、浮かんでは消えていく愚考を書きとめていけば、いつかはネタ切れになるはず。きっとその後は、良き日々の思い出だけが浮かんでくるにちがいない。

米国では地方紙が次々に廃刊に追い込まれているという話をきいたことがあります。
小売大手企業の幹部社員が新聞は読まないといい、広告はインターネットに掲出するといっていました。

米国では新聞は広告料収入がメインで、日本は購読料がメインだそうです。新聞購読者が激減し、広告料収入が半減して米国では地方紙が経営破たんし、ジャーナリズムが危機だといいます。

見たい記事だけを電子媒体で読んでいる人が増えているので、ジャーナリズムは紙から電子媒体へとその露出環境が変わっていくだけのことのような気がします。紙で仕事をしている人たちには、自動車が出現したときの馬車業界状態に陥っているのかもしれませんが。

新聞紙の発行が減れば、紙使用料が減り、森林が紙になる量が減り、ごみが減り、インキの使用が減り、大量の印刷物を輸送するトラックの使用が減り、化石燃料の消費が減り、地球環境にはよろしいのではないかと思いますが、新聞発行で暮らしてきた人たちの職場がなくなります。

馬車から自動車へ、紙媒体から電子媒体へと、世の中が変わっていくときに、新聞紙=ジャーナリズムを守れといっていると、伝統芸能保存会の仲間入りをしてしまうかもしれません。電子媒体で情報を扱っているデジタルな人たちは、新聞廃刊=ジャーナリズムの危機とは考えていません。


我が家の周辺でも、早朝ポストに新聞が入っていない世帯が増えています。きっと紙媒体からデジタル媒体に乗り換えたのでしょう。


新聞配達部数が減ると、折込広告も減ってきます。そうなると、折込広告料を当てにしている会社は減収です。代替ビジネスは、チラシを戸別ポストに投げ入れるポスティングとなるはずです。これで新聞購読をやめた家庭にもチラシが届きます。