黄金時代のエピソード。 | 団塊世代の"愚考にため息"

団塊世代の"愚考にため息"

ふと思い出す過去の出来事と後悔。次々と、浮かんでは消えていく愚考を書きとめていけば、いつかはネタ切れになるはず。きっとその後は、良き日々の思い出だけが浮かんでくるにちがいない。

黄金時代のエピソード。

当時、仕事は尽きることなく、毎年秋から年末にかけては、毎日終電を過ぎるまで残業しタクシーで帰宅するハードな仕事が数年間続きました。明け方まで残業して、2時間仮眠した後、翌日定時の始業時間から業務を再開します。2時間前までの残業の疲れは残っているはずですが、定時出社という就業規則にしばられ、午後出社は許されません。二日酔いの体調不良で午前半休をとるのは論外の会社では、徹夜明けの翌日でも平常勤務は当然のことです。緊急の呼び出しがなければ、職場長のお情けで、徹夜明けの当日夜は残業2時間程度で帰宅が黙認されました。

こういう時代、こういう職場で「うつ病」に苦しむ従業員はいませんでした。

年功序列に加え、本社と子会社採用の違いでお役所のようにキャリアとノンキャリアの暗黙の区別がありましたが、すべての従業員が来年は今年より給料が上がることを疑っていませんでした。事実、毎年昇給があり、若手登用などという株主対策もなく、年長者=上司というエイジグループが維持されていました。まじめに長く勤めればえらくなるということがお約束でした。


中には、不慣れで不得意な管理職の仕事に悩む年長者もいましたが、時間が解決しました。就業時間内に処理できなければ、翌朝までにやればすむことでした。要領の悪い管理職は、要領の良い管理職より体力が要求されますが、


とにかく、当日の定時までに処理できない管理職は翌朝までに処理すれば問題はなかったのです。体力勝負をする「とろい」管理職は、夜遅くまで仕事をするハードワーカーだと、経営幹部が評価したような気がします。