時代は右肩あがりで、日本は経済大国でした。いい時代でした。
商材があれば、利益の額の違いだけで、だれがやっても儲かる環境でした。
上流から流れてくるチャンスを拾える場所にだれが席取りをしているかがポイントです。
したがって、おいしいポジションをめぐって、どろどろの利権争いが展開されました。
派閥抗争や収賄、不正取引、談合など日常茶飯事でした。それが政財界の常識でした。
さまざまな犯罪行為にかかわり、それでも摘発されないことが強者の証明でした。
その筋の大物や政治家が、金が流れる仕組みのなかで定位置をキープしていました。
バブル崩壊より前、いまから30年以上も昔の話ですが、当時第一次石油危機に絡んだ談合事件がありました。ところが公取の摘発に対して外資系で無傷の会社があったそうです。
その会社の日本支社長は同業他社の会合に出席すると、必ず会合の内容をメモに残し法務にまわしたそうです。もちろん談合はしないと同業者には事前に断っていました。