「身体で受信する力」シリーズ
第4回

 

これまでこのシリーズでは、願いを身体で受け取ること。

 

武道や音楽にある「先の先」。

 

そして、人間関係の中で、相手の言葉より先に身体が感じ取っているもの。

 

そんな話を書いてきました。

 

今回は、少し違います。

 

身体の仕組みやRASについて説明する話ではありません。

 

僕自身が、生きるか死ぬかの境で体験したことです。

 

これは、死後の世界があることを証明する話ではありません。

 

医学的に説明できる部分もあるのだと思います。

 

それでも僕にとっては、今の身体観や死生観、そして残された時間をどう生きるかを考える原点になった出来事です。

63歳のとき、突然息ができなくなった

2022年1月14日の早朝4時頃。

 

僕は、息苦しさで目を覚ましました。

 

最初は、少し呼吸がしづらい程度だったと思います。

 

ところが、そこから30分もしないうちに、ほとんど呼吸ができない状態になりました。

 

慌てて救急車を呼び、横浜市内の大学病院へ搬送されました。

 

診断は心不全でした。

 

呼吸を補助する装置をつけてもらうと、呼吸は少しずつ楽になっていきました。

 

そのときの僕は、このまま治療を受ければ大丈夫なのかもしれないと思っていました。

 

しかし、本当の危機は、その後に起こりました。

 

検査の結果、心臓の前側の動きが弱っていることがわかり、動脈からカテーテルを入れる処置が行われることになりました。

 

ところが、その治療中に大量出血が起こりました。

 

止血の処置、人工心肺装置の装着、そして大量輸血。

 

すべてが終わるまで、約9時間かかったそうです。

 

後になって、短い時間ではあるものの、心停止、あるいは心肺停止と呼ばれる状態になっていたと説明を受けた記憶があります。

 

そのときの出来事によって、心臓の一部には壊死が残ったとも聞きました。

 

当時の詳しい経過や、それぞれの出来事が医学的にどのようにつながっていたのかを、僕自身が正確に説明することはできません。

 

ただ、命が途切れかねない状態だったことは間違いありませんでした。

意識がないはずなのに、苦しかった

手術中、僕は全身麻酔を受けていました。

 

意識はまったくなかったはずです。

 

本来なら、その間に起きたことを覚えているはずはありません。

 

それでも僕の記憶には、呼吸ができず、ひどく苦しかった感覚が残っています。

 

実際にそれが、手術中のどの時点だったのか。

 

麻酔から意識が戻りかけていたのか。

 

それとも、別の時点の感覚が、一つの記憶として残っているのか。

 

今となっては、僕にもわかりません。

 

ただ、息をしようとしてもできない。

 

身体の中から力が失われていく。

 

そんな苦しさを、僕は今も覚えています。

 

そして、その苦しさの中で、3年前に亡くなった母が現れました。

母は、笑っていなかった

夢だったのかもしれません。

 

麻酔中に脳が見せたものだったのかもしれません。

 

意識を失う直前や、意識が戻り始めた一瞬の記憶だった可能性もあります。

 

それをいつ、どのような状態で体験したのかは、僕自身にもわかりません。

 

ただ、そのときの僕には、母が確かに目の前にいるように感じられました。

 

けれど、母は優しく微笑んでいたわけではありません。

 

心配そうな顔でもありませんでした。

 

僕が普段見たことのないほど厳しく、凛とした表情で、こちらをまっすぐに睨んでいました。

 

母が何かを話した記憶はありません。

 

声を聞いたわけでもありません。

 

それなのに、母が何を伝えようとしているのかは、はっきりとわかりました。

 

「まだ、アンタはこっちに来ちゃダメだ」

 

「まだ、やることがたくさん残っているはずだ」

 

そう言われているように感じたのです。

 

頭で考えて意味を読み取ったのではありません。

 

言葉になる前の何かが、身体に直接届いたような感覚でした。

 

そして、母に追い返された――僕がそう感じた、そのすぐ後でした。

 

医師の、

 

「あ、吹き返した。もう大丈夫だ」

 

という声が聞こえました。

 

一字一句まで正確に同じだったかどうかは、今となってはわかりません。

 

ただ、僕の記憶の中には、そう聞こえた言葉が今も残っています。

 

手術中の僕は全身麻酔を受けていたので、本来なら意識はなかったはずです。

 

医師の声を、実際にどの時点で聞いたのか。

 

麻酔から意識が戻りかけた瞬間だったのか。

 

それとも、別の時点の記憶が一つにつながって残っているのか。

 

僕にも正確なことはわかりません。

 

ただ、僕の記憶の中では、息ができなかった苦しさ。

 

母から「まだ来るな」と追い返された感覚。

 

そして、そのすぐ後に聞こえた医師の声。

 

この三つは、途切れることのない一つの出来事として残っています。

 

もちろん、僕の命を救ってくれたのは、医師や看護師をはじめとする医療チームの懸命な処置です。

 

母が現れたことによって身体が回復したと、医学的な因果関係を主張するつもりはありません。

 

それでも僕には、母があの場所まで僕を迎えに来たのではなく、

 

「まだ来るな」

 

と、こちら側へ追い返しに来てくれたように感じられたのです。

言葉ではなく、身体に届いたもの

不思議なのは、母の言葉を耳で聞いた記憶がないことです。

 

それでも、伝えられた意味だけは、疑いようもなく残っています。

 

「まだ生きなさい」

 

「まだ終わっていない」

 

その意味が、言葉を通さず、身体の奥に直接入ってきたように感じました。

 

このシリーズで僕は、

人間は、頭で理解するより先に、身体で何かを受け取っているのではないか。

 

という話をしてきました。

 

人の表情や声のわずかな変化。

 

音楽が始まる直前の空気。

 

武道で、相手が動く前に生じる気配。

 

それらと、僕が死の境で体験したことを、まったく同じものだと言うことはできません。

 

ただ、僕の中では、どこかでつながっています。

 

僕たちの身体は、普段の意識には上がってこない、膨大な情報を受け取っています。

 

そして、普段働いている意識が途切れたとき、いつもとは違う形で何かを感じることがあるのかもしれません。

 

それが脳の働きなのか。

 

記憶がつくり出したものなのか。

 

あるいは、今の科学ではまだ説明できない何かなのか。

 

僕にはわかりません。

 

わからないことを、無理に説明しきる必要もないと思っています。

 

霊的な出来事だったと断定する必要もありません。

 

反対に、すべて幻だったと片づける必要もないと思います。

 

ただ、僕があのとき何かを受け取り、

 

「まだ生きなければならない」

 

と感じたこと。

 

そして、その感覚が今も身体の奥に残っていること。

 

それは、僕にとって紛れもない事実です。

30代の頃に言われたこと

実は、この出来事には、僕の中でどうしても忘れられない余談があります。

 

まだパソコンが世の中に普及し始めた頃のことです。

 

僕は30代だったと思います。

 

当時としては珍しい、パソコンを使った占いがありました。

 

評判だったので、僕も一度見てもらうことにしました。

 

すると、占いをしていた人から突然、

 

「自分がいつ死ぬか、知りたいですか?」

 

と聞かれました。

 

嫌なことを聞く人だなと思いながらも、僕は見てもらいました。

 

その人は、こう言いました。

 

「お父さんが亡くなったのと同じくらいの年齢に、心臓で亡くなります」

 

僕の父は、61歳で亡くなっています。

 

その日から僕は、心のどこかでずっと、

 

「絶対に、その時期には死んでたまるか」

 

と思っていました。

 

そして僕が心不全で倒れ、生死の境をさまよったのは、63歳のときでした。

 

占いが当たったのかどうかは、僕にはわかりません。

 

未来が最初から決められているとも思っていません。

 

ただ、あの出来事を振り返ると、こう感じるのです。

 

僕は63歳で死んだのではない。

 

あの日、一度死んで、生まれ直したのではないか。

もう一度、この身体で生きる

手術後、僕は入院中も、自分の身体に向けてセルフヒーリングを続けていました。

 

弱っている心臓や身体全体に意識を向けながら、

 

「もう一度、この身体で生きる」

 

という気持ちで、自分自身にヒーリングをしていました。

 

もちろん、僕が回復できたのは、医師や看護師をはじめとする医療チームの治療と支えがあったからです。

 

セルフヒーリングが回復にどこまで影響したのかは、僕にもわかりません。

 

セルフヒーリングをしたから早く回復できたと、断定することもできません。

 

それでも僕にとっては、治療を受けるだけではなく、自分の身体に意識を向け、身体と一緒に回復していこうとする大切な時間でした。

 

そして僕は、手術から15日後に退院することができました。

 

担当の医師からも、

 

「すごい回復力ですね。普通、こんなに早く退院できるのは異例です」

 

と言われました。

 

母に「まだ来るな」と追い返され、こちら側へ戻ってきた命。

 

その身体が、一日ごとに、もう一度生きる力を取り戻していく。

 

僕には、そんなふうに感じられました。

生かされた後を、どう生きるのか

大きな病気を経験した人が、

 

「生かされていると感じた」

 

と語ることがあります。

 

以前の僕なら、その言葉を頭で理解していたと思います。

 

しかし、死の境を経験してからは、その意味が少し変わりました。

 

朝、目を覚ますこと。

 

呼吸ができること。

 

誰かと話せること。

 

好きな音楽を聴けること。

 

人に触れ、施術ができること。

 

そうしたことは、決して当たり前ではありません。

 

ただし、僕はあの日を境に、立派な人間になったわけではありません。

 

相変わらず間違えます。

 

大切な人の気持ちに気づけないことがあります。

 

自分の都合を優先し、相手を傷つけてしまうこともあります。

 

後になって初めて、自分の未熟さに気づくこともあります。

 

生死の境を経験したからといって、人は自動的に立派になるわけではありません。

 

命の大切さを知ったはずなのに、それを毎日の中で忘れてしまうこともあります。

 

「一度生まれ直した」と言いながら、その後を本当に大切に生きてきたのか。

 

そう問われれば、僕には胸を張れないところがあります。

 

けれど、だからこそ今も考え続けています。

 

なぜ僕は、あのとき戻されたのか。

 

残された時間を、何のために使うのか。

 

誰かを癒やす仕事を通じて、僕は何を渡していくのか。

 

あの日、母の厳しい表情から受け取ったものは、

 

「助かったのだから、あとは好きに生きなさい」

 

という許可ではなかったように思います。

 

むしろ、

 

「まだ、アンタの役目は終わっていない」

 

という、厳しい問いだったのではないでしょうか。

身体は、答えを言葉にする前に知っている

僕たちは、身体で受け取ったものを、あとから言葉にしています。

 

安心したと考える前に、呼吸がゆるむ。

 

危険だと判断する前に、身体が固まる。

 

その人を信頼できる理由を説明する前に、その人のそばでは力が抜ける。

 

そして、ときには、生と死の境で、言葉では説明できない何かを受け取ることもあるのかもしれません。

 

それを霊的な体験と呼ぶ人もいるでしょう。

 

脳が見せた幻だと考える人もいるでしょう。

 

僕は、どちらでもいいと思っています。

 

大切なのは、その体験が自分に何を問いかけ、そこからどう生きるかです。

 

僕にとって、あの日の母の姿は、

 

「まだ生きなさい」

 

という言葉よりも強く、今も身体の奥に残っています。

 

僕は今、ただ残りの人生を生きているのではありません。

 

一度終わりかけた命を、もう一度生き直している。

 

そんなふうに感じています。

関連動画

今回の内容は、YouTubeでも詳しくお話ししています
死の境で、身体は何を受け取ったのか63歳で生まれ直した話|身体で受信する力シリーズ 第4回

 

 

 

次回は、

「気功とは、見えない情報を身体で受信する技術」

 

というテーマで、僕が施術中に何を感じ、何を手がかりにしているのかを書いていきます。

 

※この記事は、筆者自身が治療前後に経験した記憶と、その後の個人的な解釈を記したものです。心停止・心肺停止に関する記述には、当時受けた説明についての筆者の記憶が含まれます。死後の世界や霊的現象の存在、セルフヒーリングによる治療効果を証明するものではなく、医療上の判断や治療について解説するものでもありません。

 

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書籍

『身体は、もう答えを知っている
― 考えすぎる私たちが〈感覚〉を取り戻すとき ―』

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「大丈夫」と言われたのに、なぜか大丈夫だとは思えなかった。

 

「怒っていない」と言っているのに、こちらの身体は緊張してしまった。

 

反対に、まだ何も言葉を交わしていないのに、

「この人なら安心して話せそうだ」

 

と感じることもあります。

 

僕たちは、人の言葉だけを聞いているわけではありません。

 

声の高さ、話す速さ、呼吸、視線、表情、間の取り方。

 

さらに言えば、その場の空気や、相手の身体が発している緊張まで、無意識のうちに受け取っています。

 

武道には、相手が実際に動き始める前に、その動きの兆しを捉える「先の先」という考え方があります。

 

僕は、人間関係にも同じような「先の先」があると思っています。

 

相手が言葉を発する前に、身体はすでに何かを受け取っているのです。

言葉より先に届いているもの

人が「本音」を言葉だけで伝えているとは限りません。

 

たとえば、口では「平気です」と言っていても、

声が少し震えていたり、呼吸が浅くなっていたり、視線が落ちていたりすることがあります。

 

本人も、自分の気持ちをまだ言葉にできていないのかもしれません。

 

怒っているのか、悲しいのか、不安なのか。

 

自分でも分からないまま、とりあえず「大丈夫」と答えていることもあります。

 

しかし、身体は言葉よりも先に反応します。

 

肩が固くなる。

 

呼吸が止まる。

 

手に力が入る。

 

少し距離を取りたくなる。

 

僕たちの身体は、そうした相手の小さな変化を、意識で理解するより前に感じ取っていることがあります。

 

だから、相手の発した言葉と身体から受け取った情報が一致しないとき、胸がざわついたり、何となく違和感を覚えたりするのです。

人間関係の「先の先」とは心を読むことではない

ここで大切なのは、人間関係の「先の先」は、相手の心を正確に読める特殊能力ではないということです。

 

「あの人はきっと怒っている」

 

「自分を嫌っているに違いない」

 

「何か隠しているはずだ」

 

そう決めつけてしまうと、それは受信ではなく、こちら側の解釈になります。

 

身体が受け取るのは、最初から意味のついた答えではありません。

 

最初に届くのは、

 

「何となく緊張する」

 

「胸の辺りが重くなる」

 

「少し距離を感じる」

 

「逆に、呼吸が楽になる」

 

という、もっと曖昧な感覚です。

 

その感覚に対して、

 

「これは怒りだ」

 

「これは拒絶だ」

 

と意味をつけるのは、僕たちの頭です。

 

身体の感覚と、頭の解釈を混同しないこと。

 

これが、人間関係の「先の先」を扱ううえで、とても重要になります。

RASは、何に気づくかを選んでいる

このシリーズでお話ししてきたRAS、網様体賦活系は、注意や覚醒に関わる脳の仕組みです。

 

僕たちは、目や耳に入ってくるすべての情報を、同じように意識しているわけではありません。

 

今の自分にとって重要だと判断された情報が、意識に上がりやすくなります。

 

人間関係でも同じことが起こります。

 

過去に強く否定された経験がある人は、相手の表情の中から「拒絶の兆し」を見つけやすくなるかもしれません。

 

怒られることに慣れてしまった人は、声の変化やため息に、非常に敏感になることがあります。

 

一方で、人から大切に扱われた経験が少ないと、相手の好意や優しさを受け取れない場合もあります。

 

つまり、僕たちは相手をそのまま見ているようで、過去の経験を通して相手を見ている部分があるのです。

 

身体は確かに多くの情報を受け取っています。

 

しかし、その情報の中から何に気づくかは、過去の体験や現在の心身の状態にも影響されます。

直感なのか、過去の傷なのか

では、身体の違和感を信じてはいけないのでしょうか。

 

そうではありません。

 

違和感を無視する必要はありません。

 

ただし、違和感を感じた瞬間に、相手の気持ちまで決めつけないことです。

 

たとえば、

 

「この人は私を嫌っている」

 

と考えるのではなく、

 

「今、この人と話していると、僕の胸が少し固くなっている」

 

と観察します。

 

相手を断定するのではなく、まず自分の身体に起きていることを確認するのです。

 

すると、少しずつ区別できるようになります。

 

相手から今届いているものなのか。

 

自分の過去の経験が反応しているのか。

 

あるいは、その両方なのか。

 

正解を急がず、身体に起きていることを丁寧に観察する。

 

それが、人間関係における受信力を育てる第一歩です。

読もうとすると、受け取れなくなる

武道でも音楽でも、相手の次の動きを必死に予測しようとすると、かえって反応が遅くなることがあります。

 

人間関係でも同じです。

 

「相手の本音を見抜こう」

 

「何を考えているのか当てよう」

 

と力んでしまうと、身体は緊張します。

 

緊張した身体は、自分の不安を大きく感じやすくなります。

 

相手を受け取っているつもりで、実際には自分の恐怖や期待を見ていることもあります。

 

受信するために必要なのは、集中しすぎることではありません。

 

少し力を抜き、自分の呼吸を感じながら、相手の言葉を待つことです。

 

沈黙を怖がらない。

 

すぐに結論を出さない。

 

相手が言葉を探している時間を奪わない。

 

そうした余白があると、言葉だけでは伝わってこなかったものが、少しずつ見えてくることがあります。

音楽にも、人間関係にも「間」がある

僕は以前、音楽をやっていました。

 

バンドで演奏していると、他の演奏者が次に何をするのかを、頭で分析している時間はありません。

 

ギタリストが音を出す少し前。

 

ドラマーが次のリズムへ移る少し前。

 

呼吸や身体の動き、音の余韻から、次に来るものを感じ取ります。

 

お互いがよく聴けているときは、言葉で打ち合わせをしなくても、演奏が自然につながっていきます。

 

しかし、自分の音だけで精いっぱいになると、相手の音が聞こえなくなります。

 

人間関係も同じなのだと思います。

 

自分の言い分を伝えることだけでいっぱいになっていると、相手の小さな変化を受け取れなくなります。

 

逆に、相手を理解しようとしすぎて自分を消してしまうと、自分の身体が発している大切なサインを見失います。

 

必要なのは、自分と相手のどちらか一方を優先することではありません。

 

自分の身体を感じながら、相手の存在も感じることです。

 

音楽で言えば、自分の音を出しながら、同時に相手の音も聴くことです。

相手の言葉を待てる身体になる

人間関係の「先の先」とは、相手が何を言うか先回りして当てることではありません。

 

相手の言葉になる前の揺れを感じながら、それでも勝手に答えを決めず、言葉が生まれるのを待つことです。

 

相手のため息を感じる。

 

声の奥にある迷いを感じる。

 

自分の胸に生まれた緊張にも気づく。

 

けれど、それだけで「あなたはこう思っている」と断定しない。

 

感じたものを感じたままにしておけること。

 

分からないものを、分からないまま待てること。

 

それが、本当の意味で人の気持ちを受け取る身体なのではないかと思います。

 

身体は、言葉より先に多くのことを受け取っています。

 

しかし、その受信力を人間関係に生かすためには、感じる力だけでなく、決めつけずに待つ力も必要です。

 

次回は、ここまでお話ししてきた「受信する身体」という視点から、

 

気功とは、見えない情報を身体で受信する技術なのか

 

というテーマを、さらに深く掘り下げていきます。

 

前島気功療法センター
前島 豊

 

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耳鳴りは、外からは見えにくい症状です。

けれど本人にとっては、

「静かな場所ほど音が気になる」
「夜、眠ろうとすると耳鳴りに意識が向いてしまう」
「この音が一生続くのではないか」

そんな苦しさにつながることがあります。

 

今回は、2年間にわたり耳鳴りに悩み、耳鼻科をはじめ、鍼治療、気功、ヒーリングなど様々な方法を試しても改善せず、最終的には医師から「諦めてください」と言われたという、50代男性Tさんの体験をご紹介します。

Tさんご本人からいただいた体験談です。


「2年間、ずっと耳鳴りが止まなかった」

前島先生のスーパーヒーリングに出会えたことに心から感謝しております。

 

2年前、目をかけていた部下が亡くなったり、家庭内での悩み事等のストレスの為かひどい耳鳴りになり、それ以降、夜も熟睡できず耳鳴りに悩まされてきました。

 

耳鼻科をはじめ針治療、気功師、ヒーラー等、様々な治療を受けてきましたが一向に改善せず、医師からは「諦めてください」と言い放たれてしまいました。

Tさんの場合、耳鳴りが始まる前には、

  • 大切にしていた部下の死

  • 家庭内の悩み

  • 強いストレス

が重なっていたそうです。

 

もちろん、耳鳴りの原因を僕がここで断定することはできません。

 

ただ僕は、症状が出ている「耳」だけを見るのではなく、その人の身体全体がどのような状態にあるのかを大切にしています。

 

長く続く緊張。

 

抜けない警戒。

 

眠っていても、どこか休めない身体。

 

症状の背景には、本人も気づいていない身体の状態が重なっていることがあります。


「治りますか?」と聞かれて、僕が答えたこと

ある日先生のホームページをたまたま見つけ、メールさせていただき「このような症状ですが治りますか?」と伺ったところ、

「治るかどうかはわかりませんが、皆さん耳鳴りが気にならなくなるようです。」

と。まさに私が望んでいたお答えをいただき、早速伺うことにしました。

僕はこの時も、「治ります」とは言いませんでした。

今も同じです。

施術をすれば必ず治る、とは言えません。

 

身体の反応は一人ひとり違うからです。

 

ただ、耳鳴りそのものが完全になくならなくても、

 

「以前ほど気にならなくなった」


「眠れるようになった」


「意識が音に張りつかなくなった」

 

という変化を話される方はいます。

 

Tさんにも、そのことを正直にお伝えしました。


施術中、突然顎が勝手に動き始めた

施術を受けている間、突然顎が勝手に動き出しました!

どうにも止めようがないのです。

驚いた私は「なんですか?これは!!」と尋ねたところ

「気持ち悪いですか?……これは自発動功といい、自分の身体が治す方向に動き出した証拠です」

とのこと。

施術中、Tさんの顎が本人の意思とは関係なく動き始めました。

 

僕はこうした反応を「自発動功」と呼んでいます。

 

ここは誤解のないように言っておくと、僕は「身体が勝手に動けば必ず治る」と考えているわけではありません。

 

ただ、普段は意識によって抑えられている身体の反応が、深く緩んだ時に自然に現れることがあります。

 

僕にとって大切なのは、

 

「こちらが身体を変える」

 

というより、

 

「身体自身が何をしようとしているのか」

 

を邪魔せず観察することです。


施術直後、耳鳴りは変わらなかった

ここは、この体験談の中でも大切な部分だと思っています。

施術が終わった直後は特に耳鳴りに変化はありませんでしたが、身体はいつになく軽く家に帰りました。

施術が終わった瞬間、

 

「耳鳴りが消えた!」

 

という話ではありません。

 

その場では、耳鳴り自体に大きな変化はなかったそうです。

 

ただ、

「身体はいつになく軽かった」

そして、その後です。


入浴後、2年ぶりに耳鳴りが止まった

そして入浴後!

なんと2年ぶりにピタリと耳鳴りがやみました。

久しぶりの静かな夜がやってきたのです。

Tさんからこの話を聞いた時、僕自身もとても印象に残りました。

 

2年間続いていた耳鳴り。

 

耳鼻科、鍼治療、気功師、ヒーラー。

 

様々な方法を試しても変わらなかったという症状が、施術を受けたその日の入浴後に止まったというのです。

 

ただし、この話には続きがあります。

 

僕はむしろ、その続きを含めて紹介することに意味があると思っています。


数日後、映画館に行ったことで再び耳鳴りが

その後、数日は良かったのですが、調子良くなった油断から映画を観に行ったら又、始まってしまいました。

先生のところに又駆け込みました。

一度止まった耳鳴りは、そのままずっと消えていたわけではありません。

 

数日後、映画を観に行ったあと再び始まったそうです。

 

Tさんは、もう一度施術を受けに来られました。


2回目の施術後

今度も自発動功が始まり、施術が終わった時には耳鳴りはなくなっていました。

以後、再発することなく静かな日々を送っております!

本当にありがとうございました。

Tさんからいただいた体験談は、ここで終わっています。

 

僕がこの体験談を紹介したいと思ったのは、単に、

 

「耳鳴りが消えた」

 

と伝えたいからではありません。


症状がある場所と、身体全体の状態は同じではない

耳鳴りなら「耳」。

 

肩こりなら「肩」。

 

頭痛なら「頭」。

 

僕たちはどうしても、症状が出ている場所に原因があると考えます。

 

もちろん、実際にその場所の問題を調べることは重要です。

 

けれど長年施術をしていると、僕はそれだけでは説明しきれない身体の変化に何度も出会ってきました。

 

Tさんの場合も、耳鳴りだけではありませんでした。

 

その前には、

  • 大切な部下を亡くしたこと

  • 家庭内の悩み

  • 長く続くストレス

  • 熟睡できない日々

がありました。

 

僕は、

 

「ストレスが原因だった」

 

と単純に断定したいわけではありません。

 

ただ、身体というものは、僕たちが頭で思っている以上に多くのものを受け取っています。

 

悲しみ。

 

緊張。

 

恐怖。

 

我慢。

 

言葉にならなかった感情。

 

そして、それらを抱えながら毎日を生き続けています。


身体は、こちらが考えるより先に反応している

最近僕は、

 

「身体で受信する力」

 

というテーマで記事を書いています。

 

RAS。

 

武道の「先の先」。

 

音楽で、相手が音を出す前に次の流れを感じる感覚。

 

人間関係で、相手が言葉にする前に身体が何かを受け取ってしまうこと。

 

一見すると別々の話に見えます。

 

でも僕には、どこかでつながっています。

 

身体は、頭で理解するより先に何かを受け取っている。

 

そして時には、本人の意思とは関係なく反応する。

 

Tさんの施術中に起きた顎の動きも、僕にとっては「身体とは何か」を考えさせられる出来事の一つでした。

 

僕は、身体を無理に変えたいとは思っていません。

 

症状だけを敵にしたいとも思っていません。

 

その身体が今、何をしているのか。

 

何を守ろうとしているのか。

 

何を手放そうとしているのか。

 

そこに耳を澄ます。

 

僕の気功施術の根底には、そんな身体観察があります。

 

Tさん、貴重な体験をお寄せいただき、本当にありがとうございました。


※本記事は、施術を受けたご本人から寄せられた個人的な体験談をご紹介したものです。

すべての方に同様の変化や結果を保証するものではありません。

耳鳴りには様々な原因が考えられるため、症状がある場合は必要に応じて医療機関へご相談ください。

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