前回は、
「願いは送るものではなく、身体で受け取るもの」
というテーマで、RASと気功の話をしました。

 

RASとは、網様体賦活系と呼ばれる脳の働きで、
簡単に言えば、意識の向きや注意のフィルターに関わるものです。

 

僕たちは、目の前にあるものをすべて見ているようで、
実際には、かなり多くの情報を無意識に選び取っています。

 

何に気づき、何を見落とすのか。

 

それは、頭で考えていることだけではなく、
身体の緊張、呼吸、感情、安心感、過去の経験とも深く関係しています。

 

前回は、それを「願い」や「現実の受け取り方」とつなげて話しました。

 

今回は、もう少し別の角度から見ていきます。

 

それが、武道で言われる


“先の先(せんのせん)”


という感覚です。


先の先とは、相手より速く考えることではない

武道には、「先」という考え方があります。

 

相手が動いてから対応するのではなく、
相手が動く前の気配、
動き出す前の“起こり”を感じ取る。

 

流派や先生によって言葉の使い方は違うと思いますが、
僕なりに身体感覚として言うなら、

先の先とは、相手より速く考えることではない。

 

相手が動き出す前の“起こり”を
身体が先に受け取っている状態。

 

そんなふうに感じています。

 

相手が打ってくる。


その瞬間を見てから反応する。

 

それでは、どうしても遅れます。

 

でも、本当に熟練した人は、
相手の手が動く前に、もう何かを感じている。

 

呼吸が変わる。


重心がほんの少し移る。


目線が定まる。


肩や腰の圧が変わる。


間合いの空気が変わる。

 

それらを、頭で一つ一つ分析しているわけではありません。

 

「あ、今、呼吸が変わった」


「今、右足に重心が乗った」


「肩が入ったから、次はこう来る」

 

と考えてから動いていたら、もう遅い。

 

身体が、先に受け取っている。

 

だから、反応ではなく、
まるで最初からそこにいたように動ける。

 

僕は、そこにとても大切な感覚があると思っています。


RASだけで説明できるわけではない

ここで、RASの話に戻ります。

 

第1回では、RASを「脳の受信設定」「注意のフィルター」という比喩で話しました。

 

では、武道の“先の先”もRASで説明できるのか。

 

僕の感覚では、
RASだけで説明できるものではない
と思っています。

 

先の先は、もっと総合的な身体の働きです。

 

注意の向き。


覚醒の状態。


予測。


身体反応。


経験によるパターン認識。


呼吸。


重心。


筋肉の緊張とゆるみ。


相手との距離感。


場の圧。

 

そうしたものが、全部合わさって起きている。

 

その中に、RASのような注意や覚醒に関わる働きも含まれているかもしれません。

 

でも、
「先の先=RASです」
とは言えません。

 

武道の深い感覚を、脳科学の言葉だけで簡単に片づけるのは、少し乱暴だと思うからです。

 

ただ、RASという視点を使うことで、
「なぜある人は気配に気づき、ある人は気づかないのか」
ということは、少し見えやすくなります。

 

同じ場にいても、
気づく人と気づかない人がいる。

 

同じ相手を見ていても、
起こりを感じる人と、動いてからしか分からない人がいる。

 

それは、見る力だけの問題ではありません。

 

身体全体の受信状態の問題です。

 

もし、文字だけでは伝わりきらない部分を
実際の雰囲気で感じてみたい方や音声だけ聞きたい方は、
こちらの動画もご覧ください。

 

 


気配は、目だけで見ているわけではない

僕たちは、相手の動きを「目で見ている」と思っています。

 

もちろん、目は大事です。

 

でも、武道的な感覚で言えば、
気配は目だけで見ているわけではありません。

 

相手の呼吸の詰まり。


足裏の圧。


空間の圧迫感。


こちらに向かってくる意図。


緊張が走る瞬間。


場の空気が一瞬変わる感じ。

 

そういうものは、
視覚だけではなく、身体全体で感じている。

 

たとえば、誰かが後ろから近づいてきたとき、
音がはっきり聞こえたわけではないのに、
なんとなく振り返ることがあります。

 

あるいは、部屋に入った瞬間、
「今、空気が重いな」
と感じることがあります。

 

誰かが怒っている。


誰かが緊張している。


何か言いたいことを我慢している。

 

言葉になる前に、身体が先に受け取っている。

 

これは、特別な能力というより、
もともと人間の身体に備わっている感覚だと思います。

 

ただ、現代ではその感覚が鈍りやすい。

 

頭で考えすぎる。


情報を追いすぎる。


スマホや言葉に意識が寄りすぎる。


身体の緊張に気づかないまま生活している。

 

すると、身体は目の前の細かな変化を受け取れなくなります。


身体が固まると、起こりは見えない

相手の起こりを受け取るには、
こちらの身体が静かである必要があります。

 

静かというのは、力が抜けているだけではありません。

 

ぼんやりしているのとも違います。

 

余計な力みが少なく、
必要なものに自然に気づける状態。

 

呼吸が深く、
足裏が地面を感じ、
肩や胸が固まりすぎていない。

 

身体の内側に、わずかな余白がある。

 

この余白があると、
相手の変化が入ってきます。

 

逆に、こちらの身体が緊張していると、
相手を見る前に、自分の緊張でいっぱいになります。

 

怖い。


負けたくない。


うまくやりたい。


失敗したくない。


早く反応しなければ。

そう思えば思うほど、身体は固まります。

 

身体が固まると、
相手の気配よりも、自分の内側のざわつきが大きくなる。

 

だから、起こりが見えない。

 

これは、武道だけの話ではありません。

 

施術でも、対話でも、人間関係でも同じです。

 

相手を感じようとしているのに、
自分の不安や焦りでいっぱいになっていると、
相手の微細な変化を受け取れなくなる。

 

つまり、受信できないのです。


音楽でも、音が鳴ってから合わせると遅い

僕はもともとプロミュージシャンとしてギターを弾いていました。

 

だから、この“先の先”という感覚を考えるとき、
武道だけではなく、音楽の感覚も自然に重なってきます。

 

音楽でも、本当に合っている演奏というのは、
音が鳴ってから合わせているだけではありません。

 

相手の音を聴いて、
それに反応して、
自分の音を出す。

 

もちろん、それも大事です。

 

でも、それだけだと少し遅れることがあります。

 

本当に呼吸が合っている演奏では、
相手が音を出す前の気配を聴いている。

 

次に音が出る前の呼吸。


フレーズに入る前の間。


指が動く前の空気。


バンド全体の重心。


音が立ち上がる直前の緊張。

 

そういうものを、耳だけではなく、身体全体で聴いている。

 

だから、音が合う。


間が合う。


呼吸が合う。

 

武道で言えば、相手の打突が出る前の“起こり”を感じること。


音楽で言えば、相手の音が鳴る前の“呼吸”を聴くこと。

 

これは、とても近い感覚だと思います。

 

どちらも、頭で計算して合わせているのではありません。

 

身体が先に受け取っている。

 

そして、身体が受け取っているから、


自然に動きが出る。


自然に音が出る。


自然に間が合う。

 

この感覚は、僕にとって、気功にもそのままつながっています。


“先に動く”のではなく、“先に受け取る”

ここで大事なのは、
先の先を「先に動くこと」と考えすぎないことです。

 

先に動こうとすると、身体は焦ります。

 

予測して当てようとする。


相手をコントロールしようとする。


自分の読みを押しつけようとする。

 

でも、本当の意味での“先”は、
もっと静かなものだと思います。

 

相手より早く勝とうとするのではなく、
相手が動き出す前の変化を、身体が受け取っている。

 

だから、動きが自然に出る。

 

頭で「今だ」と決める前に、
身体がすでに分かっている。

 

音楽でも同じです。

 

「ここで入ろう」と頭で数えているだけではなく、
相手の呼吸や場の流れを受け取っているから、
自然に音が入る。

 

武道の間合いも、音楽の間も、
単なる距離や時間ではありません。

 

そこには、呼吸があります。


気配があります。


場の流れがあります。

 

そして、その流れを受け取るのは、


頭だけではなく、身体です。


気功とは、見えない情報を身体で受信する技術

気功の施術をしているとき、
僕は相手の身体を、筋肉や骨格だけで見ているわけではありません。

 

もちろん、身体の状態は見ます。

 

でも、それ以上に、その人の場の感じ。


呼吸の深さ。


緊張の質。


重さのある場所。


抜けている場所。


詰まりのような感覚。


言葉になる前の情報。

 

そういうものを、身体で受け取っています。

 

それは、頭で分析しているというより、
身体に入ってくる感じに近い。

 

「ここに何かある」


「ここはまだ触れない方がいい」


「今、少し緩んだ」


「この人の身体は、ここで安心した」

 

そんなふうに、身体が先に教えてくれることがあります。

 

もちろん、これを科学的にすべて説明できるとは思っていません。

 

でも、現場で身体を使っている人なら、
「分かる前に分かる」
という感覚を持っている人は少なくないと思います。

 

武道で相手の起こりを受け取る。


音楽で相手の音が出る前の呼吸を聴く。


気功で相手の身体や場の情報を感じる。

 

これらは、別々のものに見えて、
深いところでは同じ方向を向いている。

 

僕はそう感じています。


経験は、身体の受信精度を上げる

先の先は、ただリラックスすれば身につくものではありません。

 

そこには、経験も必要です。

 

何度も相手と向き合う。


何度も身体を観察する。


何度も失敗する。


何度も「今の起こりは何だったのか」を感じ直す。

 

そうすることで、身体の中にパターンが蓄積されていきます。

 

相手の肩が少し入ったとき。


呼吸が止まったとき。


目線が変わったとき。


間合いが詰まったとき。

 

それが何を意味するのかを、
頭ではなく身体が覚えていく。

 

音楽でも同じです。

 

最初は、コード進行やリズムを頭で追いかけます。


どこで入るのか、どこで止まるのか、どこで合わせるのか。

 

でも、経験を重ねると、
譜面や理屈だけではなく、身体が流れを覚えていきます。

 

次にどう来るか。


どこで間が生まれるか。


どこで音を弾くか。


どこで一歩前に出るか。

 

それを、身体が受け取るようになる。

 

だから熟練者は、「速い」のではなく、「早い。」

 

動きが速いというより、
受け取るタイミングが早い。

 

音を出すのが速いのではなく、
呼吸を受け取るのが早い。

 

反応速度だけではなく、


受信の深さが違うのです。


受信する身体は、静かで強い

では、気配を受け取る身体とは、どんな身体なのか。

 

僕は、


静かで、開いていて、地に足がついている身体


だと思います。

 

力んでいない。


でも、抜けすぎてもいない。

 

相手に飲み込まれていない。


でも、閉じてもいない。

 

自分の中心がありながら、相手の変化も入ってくる。

 

この状態があると、
目の前の情報を受け取れるようになります。

 

願いも同じです。


人間関係も同じです。


施術も同じです。


武道も同じです。


音楽も同じです。

 

身体が緊張していると、
必要な情報を受け取れない。

 

身体が固まっていると、
目の前にあるサインを見落としてしまう。

 

逆に、身体が静かに開いていると、
言葉になる前の情報、
動きになる前の気配、
音が鳴る前の呼吸、
現実が変わる前の小さな兆しを受け取れる。

 

先の先とは、
特別な超能力ではなく、
身体が本来持っている受信力が研ぎ澄まされた状態なのかもしれません。


身体は、もう答えを知っている

僕は、気功を
「見えない情報を身体で受信する技術」
だと感じています。

 

見えない情報というと、少し不思議に聞こえるかもしれません。

 

でも、ここで言う見えない情報とは、
決して大げさなものだけではありません。

 

呼吸の変化。


筋肉のこわばり。


場の緊張。


相手の内側にある不安。


言葉になる前の違和感。


音になる前の呼吸。


動きになる前の気配。

 

そういうものは、目にははっきり見えません。

 

でも、身体は受け取っています。

 

武道の先の先も、
気功の施術も、
音楽で呼吸を合わせることも、
人間関係で相手の変化に気づくことも、
根っこでは同じです。

 

見えないものを、
頭で無理に分かろうとするのではなく、
身体で受け取る。

 

身体は、もう答えを知っている。

 

ただ、その答えは、
大きな声ではなく、
とても微細な感覚として届きます。

 

だからこそ、身体を静かにする必要がある。

 

受信する力とは、
もっと感じようと力むことではなく、
余計な緊張をほどき、
すでに届いているものに気づける状態をつくることなのだと思います。


次回は、人間関係の“先の先”へ

今回は、武道の“先の先”を、
身体の受信力という視点から見てきました。

 

先の先とは、相手より速く考えることではない。

 

相手が動き出す前の“起こり”を、
身体が先に受け取っている状態。

 

呼吸、重心、目線、肩の変化、間合いの圧、場の気配。

 

それらを、頭で分析する前に身体が受信している。

 

そしてこの感覚は、
音楽で相手の音が出る前の呼吸を聴くことにも、
気功で相手の身体や場の情報を感じることにも、
深くつながっています。

 

次回は、この“先の先”を、
人間関係に広げてみたいと思います。

 

相手が怒る前。


崩れる前。


傷つく前。


言葉になる前。

 

その微細な変化を、
身体は本当は受け取っているのではないか。

 

第3回は、


「人間関係も“先の先”がある|相手の言葉の前に身体が受け取るもの」


というテーマでお話しします。

ーーーーーーーーー

書籍

『身体は、もう答えを知っている
― 考えすぎる私たちが〈感覚〉を取り戻すとき ―』

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「願えば叶う」


「強くイメージすれば現実が変わる」


「アファメーションを続ければ、潜在意識が書き換わる」

 

こういう言葉を聞いたことがある人は多いと思います。

 

でも実際には、一生懸命願っているのに現実が変わらない。


「私は豊かです」


「私は愛されています」


「私は成功しています」


そう唱えているのに、心や身体の奥ではどこか苦しい

むしろ、願えば願うほど、今の自分には足りないものばかりが見えてしまう。

 

そんな経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。

 

僕は気功や身体観察を通して、たくさんの人の身体に触れてきました。

 

その中で感じるのは、願いというものは、ただ頭で強く念じれば叶うものではないということです。

 

むしろ大事なのは、
願いを外に向かって送信することではなく、受け取れる身体になること。

 

そして、その「受け取る力」に深く関わっているのが、脳のRAS(ラス)という働きです。

RASとは、脳の受信設定のようなもの

RASとは、網様体賦活系と呼ばれる働きです。


医学的に詳しく言うと、上行性網様体賦活系とも呼ばれますが、ここでは分かりやすくRASと呼びます。

 

RASは、脳の中にあるひとつの小さな部位というより、脳幹の網様体を中心に、覚醒や注意、意識の向きに関わる神経のネットワークのようなものです。

 

簡単に言えば、


膨大な情報の中から、自分にとって重要なものを拾い上げるフィルター


のような働きです。

 

僕たちは毎日、ものすごい量の情報に囲まれています。

 

目に入るもの。


耳に入るもの。


身体で感じているもの。


人の表情。


言葉。


音。


空気感。


気配。

 

でも、そのすべてを意識していたら、脳はパンクしてしまいます。

 

だから脳は、自分にとって重要だと判断したものだけを拾っています。

 

たとえば、ある車が欲しいと思った途端、街中でその車ばかり目に入るようになる。

 

ある言葉が気になり始めた途端、本やSNSや人との会話の中で、その言葉に何度も出会うように感じる。

 

これは、現実が突然変わったというより、


自分の脳が拾う情報が変わった


ということです。

 

僕たちは現実をそのまま見ているようで、実はかなり選んで見ています。

 

何を大事だと思っているか。


何を怖がっているか。


何を探しているか。


どんな問いを持っているか。

 

その設定によって、目に入る情報、気づくチャンス、反応する出来事が変わってくる。

 

ここに、現実が動き出す入り口があります。

 

もし、文字だけでは伝わりきらない部分を
実際の雰囲気で感じてみたい方や音声だけ聞きたい方は、
こちらの動画もご覧ください。

 

 

願いを「命令」すると、身体は反発することがある

多くの人は、現実を変えようとするときに、自分に命令します。

 

「私は豊かです」


「私は成功しています」


「私は愛されています」


「私はもう大丈夫です」

 

もちろん、こうした言葉が助けになることもあります。

 

でも、身体の奥ではまったく違う反応が起きていることがあります。

 

「いや、そんなことない」


「本当は不安だ」


「無理に思い込もうとしている」


「現実はまだ変わっていない」

 

このように、頭では前向きな言葉を唱えていても、身体は固まっている。

 

胸が詰まる。


みぞおちが重くなる。


呼吸が浅くなる。


喉が閉まる。


頭だけが頑張り続ける。

 

この状態では、言葉は潜在意識に届くというより、むしろ身体の中に抵抗を作ってしまうことがあります。

 

つまり、問題は願いが弱いことではありません。

 

身体が、その願いを受け取れる状態になっていない


ということなのです。

意識は後追いし、身体と神経は先に反応している

脳科学の分野では、人が「動かそう」と意識するよりも前に、脳の中ではすでに準備が始まっている、という有名な実験があります。

 

これは、単純な運動に関する実験なので、人生のすべての選択をそれだけで説明できるわけではありません。

 

でも、ひとつ大事なことを教えてくれます。

 

それは、


自分では意識で決めていると思っていても、身体や脳はそれより前に反応していることがある


ということです。

 

これは、僕が施術の現場で感じていることとも重なります。

 

人は、頭で説明する前に、身体が反応しています。

 

嫌なことを思い出すと、先に胸が縮む。


不安な未来を考えると、先に呼吸が浅くなる。


本当は進みたい方向に触れると、身体が少し広がる。


違和感のある選択肢を思うと、みぞおちが固くなる。

 

頭はあとから理由をつけます。

 

でも、身体は先に反応している。

 

だから僕は、潜在意識というものを、ただ目に見えない不思議な領域として捉えるより、


身体と神経に現れている自動反応


として観ると、とても分かりやすいと思っています。

 

でも身体は「怖い」と反応している。

 

頭では「大丈夫」と言っている。


でも身体は閉じている。

 

このズレがあると、現実はなかなか動きません。

アファメーションより「質問」が身体を開く

では、現実を変えたいときに何をすればいいのでしょうか。

 

ここで大切になるのが、命令ではなく質問です。

 

「私は豊かです」と命令するのではなく、

「今日、豊かさにつながるヒントはどこにあるだろう?」

と質問する。

 

「私は愛されています」と無理に唱えるのではなく、

「今日、私はどこで愛を受け取れるだろう?」
と質問する。

 

「私は成功しています」と思い込もうとするのではなく、
「今の自分が見落としている可能性は何だろう?」
と質問する。

 

命令は、ときに身体を固めます。

 

でも質問は、身体を少し開きます。

 

命令は、
「そうならなければいけない」
という圧になります。

 

質問は、
「どこにあるだろう?」
という探索になります。

 

この違いは、とても大きいです。

 

脳は、質問されると答えを探し始めます。

 

そしてRASは、その質問に関係する情報を拾いやすくなります。

 

「今日、願いにつながるヒントはどこにあるだろう?」

 

そう問いを立てておくと、何気ない会話、たまたま見た投稿、人から言われた一言、ふと目に入った情報が、今までとは違って見えてくることがあります。

 

現実が魔法のように急に変わるというより、
同じ現実の中から、自分が拾う情報が変わる。

 

そこから選択が変わり、行動が変わり、結果として現実が動いていくのです。

気功的に見ると、願いは身体の受信状態で変わる

僕が気功の視点で大切にしているのは、
その人の身体が、どの状態で現実を受け取っているか
ということです。

 

身体が緊張していると、世界は危険に見えます。

 

胸が閉じていると、人の好意も受け取りにくくなります。


みぞおちが固いと、チャンスが来ても怖さの方が先に立ちます。


首や頭が緊張していると、考えすぎて直感が働きにくくなります。

 

するとRASも、可能性より危険を拾いやすくなる。

 

「また傷つくかもしれない」


「どうせうまくいかない」


「失敗したらどうしよう」


「否定されたらどうしよう」

 

こうした情報ばかりが目に入りやすくなるのです。

 

反対に、身体がゆるみ、呼吸が戻り、胸やみぞおちが少し開いてくると、同じ現実の中でも拾う情報が変わります。

 

人の表情が少し柔らかく見える。


今まで気づかなかった言葉が耳に入る。


タイミングのいい連絡に気づく。


小さなチャンスを怖がらずに受け取れる。

 

現実が外側から突然変わるというより、
自分の受信状態が変わることで、見える現実と選ぶ行動が変わる
のです。

身体は、もう答えを知っている

僕がずっと大切にしている言葉があります。

 

身体は、もう答えを知っている。

 

これは、頭で考えなくていいという意味ではありません。

 

頭も大切です。


言葉も大切です。


意識も大切です。

 

でも、頭だけで願いを作ると、身体が置き去りになることがあります。

 

本当は怖いのに「大丈夫」と唱える。


本当は苦しいのに「私は幸せ」と言い聞かせる。


本当は身体が縮んでいるのに「これが正しい」と思い込む。

 

それでは、身体の奥は安心しません。

 

だから、願いを持ったときは、ぜひ身体に聞いてみてください。

 

「この願いを思ったとき、身体は広がるか、縮むか?」


「胸は軽くなるか、重くなるか?」


「呼吸は深くなるか、浅くなるか?」


「みぞおちは柔らかいか、固いか?」


「その未来を思ったとき、身体は前に進みたがるか?」

 

答えを急いで出さなくていいです。

 

ただ、身体の反応を観る。

 

それだけでも、自分の内側の受信状態は少しずつ変わっていきます。

今日からできる小さな実践

朝、目が覚めたとき、
まだ布団の中にいるときに、ひとつだけ質問してみてください。

 

「今日、私の願いにつながるヒントはどこに隠れているだろう?」

 

そして、答えを無理に考えない。

 

頭で探しにいかない。


正解を出そうとしない。

 

そのまま普通に一日を過ごす。

 

すると、ふとした瞬間に、今までなら見過ごしていた言葉、出来事、人の反応、情報が目に入ることがあります。

 

それは派手なサインではないかもしれません。

 

でも、身体が少し反応することがあります。

 

「あれ?」


「なんとなく気になる」


「こっちかもしれない」


「少し呼吸が楽になる」

 

その小さな感覚を拾っていく。

 

それが、身体で受け取るということです。

願いは、送信ではなく受信

願いを叶えようとすると、多くの人は外に向かって力を出そうとします。

 

もっと強く願う。


もっと頑張る。


もっと念じる。


もっと引き寄せようとする。

 

でも、もしかしたら本当に大切なのは、その逆かもしれません。

 

静かになる。


身体をゆるめる。


問いを立てる。


そして、受け取る。

 

願いは、外に向かって送信するものではなく、
身体と脳が受け取れる状態になったときに、自然と現実の中から見つかっていくもの。

 

RASは、そのヒントを拾うフィルター。


身体は、その方向が本物かどうかを感じる受信機。

 

だから、現実を変えたいときほど、まず身体に戻る。

 

呼吸を感じる。


胸の広がりを観る。


みぞおちの固さを観る。


頭ではなく、身体に質問する。

受信する力は、人間関係にもつながる

そしてこれは、願いだけの話ではありません。

 

僕自身も、誰かの気持ちを本当に受け取るということの難しさを、何度も感じてきました。

 

頭では「分かりたい」と思っている。


言葉では「心配している」と言っている。


でも、相手の奥で起きている怖さや、孤独や、苦しさを、こちらの都合のいい形で受け取ってしまうことがある。

 

受信するというのは、相手の言葉をただ聞くことではなく、
その言葉の奥で何が震えているのかを、自分の身体でも感じようとすることなのかもしれません。

 

願いも、人の気持ちも、無理に動かすものではなく、まず受け取るもの。

 

その受信状態を整えることが、気功でも、人間関係でも、とても大切なのだと思います。

 

武道には「先の先(せんのせん)」という言葉があります。


相手が動いてから反応するのではなく、相手が動き出す前の“起こり”を身体で受け取る感覚です。

 

この受信する力は、願いにも、人間関係にも、そして気功にもつながっているように思います。

 

そのことについては、また別の機会に、もう少し深く話してみたいと思います。

 

願いは、送るものではなく、受け取るもの。

 

そしてその受信機は、あなたの身体です。

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書籍

『身体は、もう答えを知っている
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今年も裏庭に、綺麗な紫陽花が咲きました。

毎年この季節になると、
雨の匂いや、少し湿った空気の中で咲いている紫陽花を見て、
「ああ、今年もこの季節が来たんだな」と感じます。

 

紫陽花って、不思議な花ですね。

 

強い日差しの中で咲く花とは少し違って、
雨や曇り空の中でも、静かに色を深めていく。

 

派手に主張するというより、
その場の空気を受け入れながら、
自分の色を少しずつ表していくような感じがします。

 

毎年見ているはずなのに、
今年の紫陽花は、また今年だけの表情をしている。

同じ花のように見えても、
その年の空気、その年の雨、その年の光を受けて、
ちゃんと違う姿で咲いているんだと思います。

 

人の身体や心も、どこかそれに似ている気がします。

 

無理に変わろうとしなくても、
無理に咲こうとしなくても、
本当はその人の中に、ちゃんと開いていくタイミングがある。

 

身体がゆるむタイミング。


心がほどけるタイミング。


今まで気づかなかった感覚が、ふっと戻ってくるタイミング。

 

ヒーリングや気功というのは、
何かを無理やり変えるものではなく、
本来の流れに戻っていくための、
静かなきっかけなのかもしれません。

 

そんなことを、今年の紫陽花を見ながら感じていました。

 

そして今、夏休み期間に合わせて、
ヒーラー養成講座に関連した少し特別なイベントもできないかと、
ただいま企画中です。

 

まだ正式なご案内はこれからですが、
気功やヒーリング、身体の感覚、エネルギーの世界に興味のある方にとって、
夏の学びの入り口になるような時間にできたらと思っています。

 

難しい理論だけではなく、
自分の身体で感じること。


自分の感覚を信じること。


そして、人を癒す前に、まず自分自身の感覚を取り戻していくこと。

 

そんな時間になればいいなと考えています。

 

詳細が決まりましたら、また改めてお知らせします。

今年も咲いてくれた紫陽花に感謝しながら、
夏に向けて少しずつ準備を進めていきます。

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