前回は、
「願いは送るものではなく、身体で受け取るもの」
というテーマで、RASと気功の話をしました。
RASとは、網様体賦活系と呼ばれる脳の働きで、
簡単に言えば、意識の向きや注意のフィルターに関わるものです。
僕たちは、目の前にあるものをすべて見ているようで、
実際には、かなり多くの情報を無意識に選び取っています。
何に気づき、何を見落とすのか。
それは、頭で考えていることだけではなく、
身体の緊張、呼吸、感情、安心感、過去の経験とも深く関係しています。
前回は、それを「願い」や「現実の受け取り方」とつなげて話しました。
今回は、もう少し別の角度から見ていきます。
それが、武道で言われる
“先の先(せんのせん)”
という感覚です。
先の先とは、相手より速く考えることではない
武道には、「先」という考え方があります。
相手が動いてから対応するのではなく、
相手が動く前の気配、
動き出す前の“起こり”を感じ取る。
流派や先生によって言葉の使い方は違うと思いますが、
僕なりに身体感覚として言うなら、
先の先とは、相手より速く考えることではない。
相手が動き出す前の“起こり”を
身体が先に受け取っている状態。
そんなふうに感じています。
相手が打ってくる。
その瞬間を見てから反応する。
それでは、どうしても遅れます。
でも、本当に熟練した人は、
相手の手が動く前に、もう何かを感じている。
呼吸が変わる。
重心がほんの少し移る。
目線が定まる。
肩や腰の圧が変わる。
間合いの空気が変わる。
それらを、頭で一つ一つ分析しているわけではありません。
「あ、今、呼吸が変わった」
「今、右足に重心が乗った」
「肩が入ったから、次はこう来る」
と考えてから動いていたら、もう遅い。
身体が、先に受け取っている。
だから、反応ではなく、
まるで最初からそこにいたように動ける。
僕は、そこにとても大切な感覚があると思っています。
RASだけで説明できるわけではない
ここで、RASの話に戻ります。
第1回では、RASを「脳の受信設定」「注意のフィルター」という比喩で話しました。
では、武道の“先の先”もRASで説明できるのか。
僕の感覚では、
RASだけで説明できるものではない
と思っています。
先の先は、もっと総合的な身体の働きです。
注意の向き。
覚醒の状態。
予測。
身体反応。
経験によるパターン認識。
呼吸。
重心。
筋肉の緊張とゆるみ。
相手との距離感。
場の圧。
そうしたものが、全部合わさって起きている。
その中に、RASのような注意や覚醒に関わる働きも含まれているかもしれません。
でも、
「先の先=RASです」
とは言えません。
武道の深い感覚を、脳科学の言葉だけで簡単に片づけるのは、少し乱暴だと思うからです。
ただ、RASという視点を使うことで、
「なぜある人は気配に気づき、ある人は気づかないのか」
ということは、少し見えやすくなります。
同じ場にいても、
気づく人と気づかない人がいる。
同じ相手を見ていても、
起こりを感じる人と、動いてからしか分からない人がいる。
それは、見る力だけの問題ではありません。
身体全体の受信状態の問題です。
もし、文字だけでは伝わりきらない部分を
実際の雰囲気で感じてみたい方や音声だけ聞きたい方は、
こちらの動画もご覧ください。
気配は、目だけで見ているわけではない
僕たちは、相手の動きを「目で見ている」と思っています。
もちろん、目は大事です。
でも、武道的な感覚で言えば、
気配は目だけで見ているわけではありません。
相手の呼吸の詰まり。
足裏の圧。
空間の圧迫感。
こちらに向かってくる意図。
緊張が走る瞬間。
場の空気が一瞬変わる感じ。
そういうものは、
視覚だけではなく、身体全体で感じている。
たとえば、誰かが後ろから近づいてきたとき、
音がはっきり聞こえたわけではないのに、
なんとなく振り返ることがあります。
あるいは、部屋に入った瞬間、
「今、空気が重いな」
と感じることがあります。
誰かが怒っている。
誰かが緊張している。
何か言いたいことを我慢している。
言葉になる前に、身体が先に受け取っている。
これは、特別な能力というより、
もともと人間の身体に備わっている感覚だと思います。
ただ、現代ではその感覚が鈍りやすい。
頭で考えすぎる。
情報を追いすぎる。
スマホや言葉に意識が寄りすぎる。
身体の緊張に気づかないまま生活している。
すると、身体は目の前の細かな変化を受け取れなくなります。
身体が固まると、起こりは見えない
相手の起こりを受け取るには、
こちらの身体が静かである必要があります。
静かというのは、力が抜けているだけではありません。
ぼんやりしているのとも違います。
余計な力みが少なく、
必要なものに自然に気づける状態。
呼吸が深く、
足裏が地面を感じ、
肩や胸が固まりすぎていない。
身体の内側に、わずかな余白がある。
この余白があると、
相手の変化が入ってきます。
逆に、こちらの身体が緊張していると、
相手を見る前に、自分の緊張でいっぱいになります。
怖い。
負けたくない。
うまくやりたい。
失敗したくない。
早く反応しなければ。
そう思えば思うほど、身体は固まります。
身体が固まると、
相手の気配よりも、自分の内側のざわつきが大きくなる。
だから、起こりが見えない。
これは、武道だけの話ではありません。
施術でも、対話でも、人間関係でも同じです。
相手を感じようとしているのに、
自分の不安や焦りでいっぱいになっていると、
相手の微細な変化を受け取れなくなる。
つまり、受信できないのです。
音楽でも、音が鳴ってから合わせると遅い
僕はもともとプロミュージシャンとしてギターを弾いていました。
だから、この“先の先”という感覚を考えるとき、
武道だけではなく、音楽の感覚も自然に重なってきます。
音楽でも、本当に合っている演奏というのは、
音が鳴ってから合わせているだけではありません。
相手の音を聴いて、
それに反応して、
自分の音を出す。
もちろん、それも大事です。
でも、それだけだと少し遅れることがあります。
本当に呼吸が合っている演奏では、
相手が音を出す前の気配を聴いている。
次に音が出る前の呼吸。
フレーズに入る前の間。
指が動く前の空気。
バンド全体の重心。
音が立ち上がる直前の緊張。
そういうものを、耳だけではなく、身体全体で聴いている。
だから、音が合う。
間が合う。
呼吸が合う。
武道で言えば、相手の打突が出る前の“起こり”を感じること。
音楽で言えば、相手の音が鳴る前の“呼吸”を聴くこと。
これは、とても近い感覚だと思います。
どちらも、頭で計算して合わせているのではありません。
身体が先に受け取っている。
そして、身体が受け取っているから、
自然に動きが出る。
自然に音が出る。
自然に間が合う。
この感覚は、僕にとって、気功にもそのままつながっています。
“先に動く”のではなく、“先に受け取る”
ここで大事なのは、
先の先を「先に動くこと」と考えすぎないことです。
先に動こうとすると、身体は焦ります。
予測して当てようとする。
相手をコントロールしようとする。
自分の読みを押しつけようとする。
でも、本当の意味での“先”は、
もっと静かなものだと思います。
相手より早く勝とうとするのではなく、
相手が動き出す前の変化を、身体が受け取っている。
だから、動きが自然に出る。
頭で「今だ」と決める前に、
身体がすでに分かっている。
音楽でも同じです。
「ここで入ろう」と頭で数えているだけではなく、
相手の呼吸や場の流れを受け取っているから、
自然に音が入る。
武道の間合いも、音楽の間も、
単なる距離や時間ではありません。
そこには、呼吸があります。
気配があります。
場の流れがあります。
そして、その流れを受け取るのは、
頭だけではなく、身体です。
気功とは、見えない情報を身体で受信する技術
気功の施術をしているとき、
僕は相手の身体を、筋肉や骨格だけで見ているわけではありません。
もちろん、身体の状態は見ます。
でも、それ以上に、その人の場の感じ。
呼吸の深さ。
緊張の質。
重さのある場所。
抜けている場所。
詰まりのような感覚。
言葉になる前の情報。
そういうものを、身体で受け取っています。
それは、頭で分析しているというより、
身体に入ってくる感じに近い。
「ここに何かある」
「ここはまだ触れない方がいい」
「今、少し緩んだ」
「この人の身体は、ここで安心した」
そんなふうに、身体が先に教えてくれることがあります。
もちろん、これを科学的にすべて説明できるとは思っていません。
でも、現場で身体を使っている人なら、
「分かる前に分かる」
という感覚を持っている人は少なくないと思います。
武道で相手の起こりを受け取る。
音楽で相手の音が出る前の呼吸を聴く。
気功で相手の身体や場の情報を感じる。
これらは、別々のものに見えて、
深いところでは同じ方向を向いている。
僕はそう感じています。
経験は、身体の受信精度を上げる
先の先は、ただリラックスすれば身につくものではありません。
そこには、経験も必要です。
何度も相手と向き合う。
何度も身体を観察する。
何度も失敗する。
何度も「今の起こりは何だったのか」を感じ直す。
そうすることで、身体の中にパターンが蓄積されていきます。
相手の肩が少し入ったとき。
呼吸が止まったとき。
目線が変わったとき。
間合いが詰まったとき。
それが何を意味するのかを、
頭ではなく身体が覚えていく。
音楽でも同じです。
最初は、コード進行やリズムを頭で追いかけます。
どこで入るのか、どこで止まるのか、どこで合わせるのか。
でも、経験を重ねると、
譜面や理屈だけではなく、身体が流れを覚えていきます。
次にどう来るか。
どこで間が生まれるか。
どこで音を弾くか。
どこで一歩前に出るか。
それを、身体が受け取るようになる。
だから熟練者は、「速い」のではなく、「早い。」
動きが速いというより、
受け取るタイミングが早い。
音を出すのが速いのではなく、
呼吸を受け取るのが早い。
反応速度だけではなく、
受信の深さが違うのです。
受信する身体は、静かで強い
では、気配を受け取る身体とは、どんな身体なのか。
僕は、
静かで、開いていて、地に足がついている身体
だと思います。
力んでいない。
でも、抜けすぎてもいない。
相手に飲み込まれていない。
でも、閉じてもいない。
自分の中心がありながら、相手の変化も入ってくる。
この状態があると、
目の前の情報を受け取れるようになります。
願いも同じです。
人間関係も同じです。
施術も同じです。
武道も同じです。
音楽も同じです。
身体が緊張していると、
必要な情報を受け取れない。
身体が固まっていると、
目の前にあるサインを見落としてしまう。
逆に、身体が静かに開いていると、
言葉になる前の情報、
動きになる前の気配、
音が鳴る前の呼吸、
現実が変わる前の小さな兆しを受け取れる。
先の先とは、
特別な超能力ではなく、
身体が本来持っている受信力が研ぎ澄まされた状態なのかもしれません。
身体は、もう答えを知っている
僕は、気功を
「見えない情報を身体で受信する技術」
だと感じています。
見えない情報というと、少し不思議に聞こえるかもしれません。
でも、ここで言う見えない情報とは、
決して大げさなものだけではありません。
呼吸の変化。
筋肉のこわばり。
場の緊張。
相手の内側にある不安。
言葉になる前の違和感。
音になる前の呼吸。
動きになる前の気配。
そういうものは、目にははっきり見えません。
でも、身体は受け取っています。
武道の先の先も、
気功の施術も、
音楽で呼吸を合わせることも、
人間関係で相手の変化に気づくことも、
根っこでは同じです。
見えないものを、
頭で無理に分かろうとするのではなく、
身体で受け取る。
身体は、もう答えを知っている。
ただ、その答えは、
大きな声ではなく、
とても微細な感覚として届きます。
だからこそ、身体を静かにする必要がある。
受信する力とは、
もっと感じようと力むことではなく、
余計な緊張をほどき、
すでに届いているものに気づける状態をつくることなのだと思います。
次回は、人間関係の“先の先”へ
今回は、武道の“先の先”を、
身体の受信力という視点から見てきました。
先の先とは、相手より速く考えることではない。
相手が動き出す前の“起こり”を、
身体が先に受け取っている状態。
呼吸、重心、目線、肩の変化、間合いの圧、場の気配。
それらを、頭で分析する前に身体が受信している。
そしてこの感覚は、
音楽で相手の音が出る前の呼吸を聴くことにも、
気功で相手の身体や場の情報を感じることにも、
深くつながっています。
次回は、この“先の先”を、
人間関係に広げてみたいと思います。
相手が怒る前。
崩れる前。
傷つく前。
言葉になる前。
その微細な変化を、
身体は本当は受け取っているのではないか。
第3回は、
「人間関係も“先の先”がある|相手の言葉の前に身体が受け取るもの」
というテーマでお話しします。
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書籍
『身体は、もう答えを知っている
― 考えすぎる私たちが〈感覚〉を取り戻すとき ―』
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