3.11東日本大震災
 
 忘れもしない。

 あの日、日本中が未曾有の大災害に晒されました。

 全ての電車は止まり、信号 家庭用電気 街頭 ガス等々・・・

 一時、全てのライフラインが止まってしまいました。

 道路は「超」が付く程渋滞して、ホテルは満室、他に交通手段がない為に自ら足で帰るしかありませんでした。
 
 私の友人は帰路に7時間掛けてしまったという事です。

 殆どの方がそうだったのではないでしょうか?

 (余談ですが、実はこの時「頼るべきは自ら肉体だ」と悟った方が多かったと言います)

 余震は続き、悲惨なニュースを見て恐怖に戦き、
 眠れなかった人が殆どだったという事でした。

 暫くの間、余震が続き、安心して生活出来る状態とは、
 言えない生活を強いられる日々が続きました。

 スーパーには朝早くから、水、食糧、米、電池などを、買い占める人が長蛇の列を作り、ガソリンスタンドには何時間待ちという給油渋滞が出来ました。

 新聞 テレビには載りませんでしたが、食糧 ガソリン 米 水を奪い合う地域もあったと言います。

 集団パニックです。

 地震の強烈な地殻変動のエネルギーにより、多くの方が影響を受けました。

 実際にスーパーやガソリンスタンドで並んでいる人達の脳を診ると「陰性脳」「陽性脳」状態でした。

 ノイローゼです。

 このような状態の脳で冷静な行動が取れるわけがありません。

 だから、何時間も並んだり、モノを買い占めたり、身体の弱いご老人から食糧を奪ったり、有らぬ不安を作り出し暴挙に走ってしまうわけです。

 患者さんの恐怖も凄いものがありました。

 地震から二か月経っても、

 「全く家から出られない」

 「治療なんてとんでもない」

 「またあの日と同じ地震が来て、何もかも駄目になったらどうしよう・・・」

 極端な話、近所のスーパーにさえ買い物に行けない。

 会社に行くのも躊躇する。

 地下に閉じ込められるのが恐くて、地下街などは大打撃を食らったようです。

 それくらい人々の脳裏に恐怖が刻み込まれました。

 ですが、いつまでもジッとしているわけにはいきません。

 少しずつですが、患者は訪れて来ました。
 
 患者は一斉に言い始めました。

 「先生・・・恐くて何も出来ません・・・どうしたら良いのですか?」

 皆、同じ心境でしょう。

 治療に入ります。

 まず、首にある4本の動脈をチェックします。

 すると4本のうちのどこかしらに「動脈硬化」が診られました。

 地震のストレスで頚部に動脈硬化を起こしていたのです。

 地震をイメージしてもらい、筋肉反射テストを行うと筋肉は弱くなります。

 ストレス状態です。

 そのメジャーを探していくと、頚部動脈硬化に行き当ります。

 さらに動脈硬化をタッピングしてメジャーを求めていくと、
 中大脳動脈や後大脳動脈、延髄、脳幹、視床下部 脳下垂体など・・・

 勿論、患者によってメジャーの場所が違いますが、
 数多くの方が動脈硬化を起こしていました。

 脳を調整してすぐに地震を思い浮かべてもらいます。
 
 再度ストレス負荷を掛けます。

 もう、筋力は強いままで、脳のどこも反応しなくなりました。

 しかし、患者は信じられないと言った表情でした。

 後日談です。

 余震は未だに続いております。

 ある患者さんは飲食店で食事中に強い余震に遭いました。

 戸は大きく揺れ、電灯は左右に揺れ、従業員も酷く動揺し、非常にアタフタしていたそうです。

 そんな中、その患者さんだけは冷静に、

 「はい、あなたは出口を確保して!あなたはガスを消して!

 あなたは電気消して!あなたは人を誘導して!」

 と、この様に対処出来たそうです。

 周りからは「何でそんな風に冷静にいられたのですか?」
 と聞かれたそうです。

 その時にハッと治療の事を思い出しました。

 「あ!もう負担になってないんだ」

 そんなもんです。

 この方はそれからは何があろうと堂々と通常生活を送っておられます。

 しかし、そうでない方は未だに地震の気配に怯え恐怖に戦いて生活しています。

 当院の患者さんでも地震から一年経過したのに、
 未だに家から出られずに治療を受けれない方がいます。

 果たしてこのような方に外出出来る日は来るのでしょうか?

 一体いつになったら自信を取り戻し、自分らしく生活を送れるのでしょうか?

 地震は自然界のエネルギーです。

 人智の及ぶ範疇ではありません。

 そのエネルギーをマイナスに捉えるのではなく、
 自らを強くするプラスに変換するように持っていって下さい。

 出口は必ずあります。

 いつまでも恐がっていないで、立ち向かって下さい。

 いくらでもバックアップ致します。