2018年5月

38歳で妊娠中に乳がん発覚

生後3日目に針生検をし

新生児を抱えながら抗がん剤治療が始まりました

現在はホルモン療法中です


乳がん発覚時のことや治療に関することを

振り返ってブログを書き始めました

あくまでも私の場合であり

皆様それぞれ違うかと思いますが

乳がんの早期発見に

そして治療中の方やそのご家族が

前を向いていられますようにという想いで

綴っています


乳がんがわかった経緯を

最初から読みたい方はこちら⇩

①長男への授乳の時に感じたこと 


初回の抗がん剤後は

体調の変化はなく

元気に帰宅できていた


前回はこちら⇩




私の場合は

2週間毎のパクリタキセルを4クール

その後EC療法を4クール

合計8回の投与でした



3週間毎の投与であれば

次の投与までに体が回復していくのだけれど

2週間では完全に回復するのが難しい


よって

ジーラスタ皮下注射を毎回行い

発熱性好中球減少症を防ぎながら

2週間毎に抗がん剤を投与する


というのが医師からの説明でした





ジーラスタを射たずに

3週間毎の投与にすることもできるのか?

という疑問も少しはあったけれど



3週間毎の投与だと

同じ8回でも6ヶ月かかる



それなら私は

毎回注射をうって

4ヶ月で済んだほうがいいなと思って

そのまま医師の説明を受け入れました




ジーラスタを射つために

抗がん剤の投与の翌日以降

再び病院に行っていました



抗がん剤当日は主人が仕事を休んで

付き添ってくれていましたが

さすがに翌日も休むのは申し訳ない



翌日はまだ副作用もなさそうだったので

「電車で行けるよ!」

と私は言っていましたが


家族総出で心配され反対され

義父が車で私を送ってくれる手筈が

義母によって整えられていました



とてもありがたい




行きの車では

副作用もないし

こんなに元気なのに

わざわざ車で送ってもらうなんて申し訳ないな

そう思っていました




しかし注射が終わって

会計待ちをしているあたりから



なんか

だるい気がする



会計窓口に並びながら

立っているのが辛い



これが最初に感じた

抗がん剤の副作用の始まりで



このあと帰宅する車の中では

とても電車でなんか帰れなかったというぐらい

体の重さを感じていました



電車で来ていたら

きっと私の性格上

「辛いから迎えに来て!」

と言えず

無理しながらでも電車で帰宅していたと思いますが



そんな性分をわかっていて

みんなは最初から

電車で行くことは反対するんだなと

帰りの車の中で考えていました



もっとみんなを頼ろう

頼らなければだめだ



自分が思っていた以上にだるい



この時初めて義父に

だるいということを言うことができ

小さな一歩ではあるけれど

私の中で大きな進歩だったと思います



帰宅してからはほとんど寝て過ごし

だるさに加えて

膝から下の痛みが気になり出して




その日の夜中から本格的に

体の痛みがやってきて



娘が隣で泣いているのに

起き上がれない…

ミルクを作らなきゃいけないのに…

布団から

起き上がることができない!



全身の痛みへとかわっていて

このあとの数日は

この痛みとの闘いでした