ときどき、
このような質問を受けることがあります。
「ゴールがない人は、
セッションを受けても仕方がないのでしょうか?」
とても真面目で、
誠実な問いだと思います。
同時に──
この問いの中には、
多くの人が無意識に抱えている大きな誤解も含まれています。
ゴールは「ない」のではなく、
「観えなくなっている」ということ。
自分は持っているはずなのに、
観えなくなっている。
それが──
スコトーマであり、
構造的な毒であり、
無自覚なミメーシスであり、
結果として起きる洗脳状態です。
目の前にあるのに気づくことができない。
もう少し日常の言葉にするのなら、
・忙しさ
・役割
・過去の失敗
・他人の期待
・「ちゃんとしなければ」という思考
そういったものが重なって、
本来あったはずのゴールが、
身体意識ごと奥に沈んでしまうことは多分にあります。
その多くは、もしかしたら、
どこかに正解がある前提で生きていることなのかもしれません。
どこかに所属している集団の平均に、
無思慮に身を預け、馴れ合いと切磋琢磨することの違いに目を向けることもせずに、
自分の選択を誰かに言われた役割や物語に委ねて生きている。
これは決して、
否定してるのではありません。
そのような生き方も、
社会で生きるための適応戦略であり、
進化していくためのコツであったりもします。
コインには表があれば裏もある。
押さえたいのは、
これに自覚的なのか、
言われるがままにみんながやっているから、と
その理由を考えることもなく流されているのか、
という違いです。
コーチングでも気功でも、情報空間でも
なんでもいいのですが、いわれていることを少しでも理解すれば、唯一の正解などない、ということが前提となっているのがわかります。
毎回、未来の自分から帰ってきた自分で判断し、
その物語における役割や行動に回収されていくだけであり、それを善しとし、より善い未来に向けて歩いていくだけなのだと思います。
誰かの価値基準に流され、
その役割に身を預けてしまっているうちは、
人生そのものを他者にコントロールされる人生です。
それは反転して、
誰かをコントロールし続けていく人生にもなっていく。
いくらお金を稼ぎ、
権威を身に纏ったようなイメージ演出をしていても、在り方そのものが、透けて観えてくるということでもあります。
例えば、
メンタリングやっているのは、
「ゴールを与えること」ではありません。
一緒に、
ゴールが観える“高さ”まで立つこと。
あるいは、
未来側の視点に一度、身を置いてみること。
その場所に立てば、
それまで観えなかったものが、
説明抜きで観え始めることがたくさんあります。
そして──
世界を移動する扉を開ける“鍵”は、
自分を放棄し、何かに身を委ねることを放棄した先に、手元にあったことに気づくことにあります。
トップに立つ必要も、街でいちばんの金持ちになる必要はありません──それがあなたの目標でない限りは。
重要なのは、自分を取り巻く世界をより良い場所にすることです。重要なのは、自分と子どもたち、あるいは社会全体を幸福にする数々の出来事を生み出すことです。
刑務所で三〇年過ごしてきた自分を想像してみてください。
三〇年経ったとき、誰かがやってきて、こう言います。
「ところで、君は刑務所にいる必要はなかったんだ。君は自分で自分を拘束したんだ。自分自身の判事と陪審員になることを選び、自分で不幸になる判決を下したのさ。一生を貧しく、平凡で、役に立たない人間として生きるという判決をね。独房の鍵はいつも君のポケットの中にあった。いつでもドアの鍵を開けて、自由になることができたのに」
(ルー・タイス『アファメーション』)
これは、根性論でも精神論でもありません。
構造の話です。
そこからゴールを更新し、
さらに先へ進んでいく。
そんな生き方は厳しい。
そんな風に思うかもしれません。
けど、違います。
その在り方以外では、
うまくいかないのです。
そうでなければ、
自分で自分を拘束することになる。
嘘の物語に生きていたことに気づいたとき、
自分を拘束していた嘘から逃れることができます。
その意味で、
あなたは何をする必要も、
何かになる必要もないのです。
そのときに、こう思うかもしれません。
ゴールを達成する責任は、誰にあるのか?
「ゴールが観えて、
それを達成するかどうかは、本人次第なのでしょうか?」
答えは、
とてもシンプルです。
その人生を生きるのは、本人しかいません。
行動するのも、
選択するのも、
失敗するのも、
前に進むのも。
誰かが代わりに生きることはできない。
他の誰でもない自分自身の足で歩くしかありません。
だからこそ、
ゴールに向かって進む主体は、
常にご本人です。
では、
メンターやコーチは何をしているのか。
それは、
・ゴールが観える未来側の高さに立つ手助けをする
・構造的にズレているところを調整する
・よくないパターン(可能世界)を一緒に観て収束させてしまう
・余計なブレーキを外すきっかけをつくる
・進みやすいルートを一緒に観ていく
そうした、
成功に向かう確率を上げる土台をデザインする手助けといってもいいかもしれません。
「正解を教える」のではなく、
世界の観え方そのものを移動させる。
もし──
「代わりに人生を動かします」
「あなたを変えてあげます」
などと言う人がいたら──
本来出来ないことを宣言しているのであり、越権行為です。
一歩間違えれば、
洗脳にすらなりかねない。
ゴールを自分で設定するお手伝いをすればコーチング、他人が設定すれば洗脳、それを超並列的にすれば認知戦。理論とコア技術は同じ。
「コーチングとは何か」を根本から問い直す本書では、単なるメンタルケアやモチベーション管理を超え、「人間の思考構造そのものを書き換える科学」としてのコーチングを提示します。中心概念であるホメオスタシス(恒常性維持機能)を情報空間にまで拡張し、人間の脳が“想像上の出来事”にも現実と同じ反応を起こすという原理を基盤に、「現状の外側にゴールを設定する」ことで人は無意識に変化していく
正しい高さに立ち、
身体が整い、
視点が上がったときに──
自然と立ち上がってくるものです。
それは、
努力でひねり出すものではなく、
「観えるようになる」ことで
勝手に輪郭を持ち始める。
その瞬間を、
一人で迎えるのが難しいとき。
未来側の視点に立つための「場」として、
Khronos にはいろんな企画があります。
必要な人に、
必要なタイミングで届けば、幸い。
さて──
あなたのゴールは、
本当に「ない」のでしょうか?
それとも──
複雑で雲がかった状態で、
世界を観ていただけでしょうか。
ただ、
観えなくさせられていたことに、
気づくだけなのかもしれません。
ではでは、今回はこの辺で。
また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro
追伸:
感想・ご質問、大歓迎です!
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になります。
どんな小さな気づきでも、それが新しい変容の始まりになります。そして、“場”をさらに深める力になります。




