今回の講座にご参加いただいた皆さま、

本当にありがとうございました。

すでに、
それぞれの場所で
何かが「ズレ始めている」のを
感じている方もいらっしゃると思います。

講座が終わった熱があるうちに、
少しだけ補足として、
大切なことを言葉に残しておこうと思います。

自分の言葉を取り戻していくのは、
ある意味でアートであり、
クリエイティブな行為です。

「創造する」という意味では、
無から有を生み出すようなものにも観える。



そう聞くと、
特別な才能が必要なのではないか、
自分には無理なのではないか、
と感じる人もいるかもしれません。

けれど、
実際は少し違います。

そしてもう一つ、
大切なことがあります。

言葉は、
外から集めてくるものではなく──

深く自分に潜り、
身体の奥に沈み込んでいたものに触れたとき、
はじめて言葉は輪郭を持ち始めます。

実際には、
ずっと在ったものに触れ直しているだけなのかもしれません。

そこにあるのは、
その人にしか持ち得ない価値であり、
その人にしか立ち上がらないものです。

そう考えると、
頭で考えて言葉を生み出そうとすること自体が、
どこかズレているのかもしれません。

踏まえて、
頭で考えずに、
言葉が自然と溢れ出てくるためには、
他者という存在、
そして、言葉が適切な“”で創発されていく流れが切り離せません。

自分ひとりで深く潜ること。

そして、それを他者と共有すること。



この再帰的な往復運動のなかで、
言葉には魂が宿り、他にはない価値として立ち上がっていくのだと思います。

それが、
「クリエイション」と呼ばれるものなのかもしれません。

こんな言葉があります。


 
科学は、孤独な内省の時間がクリエイティブ思考の糧になることを裏づけた。(中略)

クリエイティブ思考の人は常に何かを創ることを通じて自分を発見し、アイデンティティを作り直し、世界に意味を見つけようとしている。芸術的な作品は、他者との経験や交流からインスピレーションを得ているかもしれないが、アイデアや洞察が形になるのは、ひとりで内省を深めている時だ。

ゲーテが言うように「人は社会から物事を教わるが、洞察はひとりでいる時しか得られない」
「FUTURE INTELLIGENCE: これからの時代に求められる「クリエイティブ思考」が身につく10の習慣」(スコット・バリー・カウフマン)


孤独な内省と、
他者との関係性。

どちらか一方ではなく、

その両方があって、言葉は生まれます。

ここまで来ると、
ふと浮かんでくる言葉があります。

再現性
誰にでもできる」ということ。

Khronosは、
それらとは、逆の態度を取っています。

なぜか。

再現性がある、ということは、
誰にでも同じものができる、
ということです。

それは同時に、

価値が瞬時に失われ、
コモディティへと落ちていく

ということでもあります。

このことに、
どれだけの人が気づいているでしょうか。



気功の文脈で言えば、

師匠はこれを
「気功の大衆化」
あるいは「漂白化」と呼びます。

これは、
世界をより善くします。

普通に使える人が増えること自体は、
とても健全で、喜ばしいことです。

そうではなく──

なぜか、ネットの界隈をふと見渡すと
これをそのまま
ビジネスの成功法則に置き換えて語る人たちがいます。

「再現性があるから、誰でも稼げる」

「あなたも簡単にできる」と。

僕はこれが不思議で仕方ありません。

今回の僕たちの話でいえば、
情緒の価値はそもそもないばかりか、
機能の優位性も一瞬で失うものであり、

一瞬で価格競争に晒される、
コモディティビジネスを我々は展開しています、

ということを高らかに、
自ら宣言しているようなものだからです。

もう少し分かりやすくいうと、

100円均一コンサルやるから来てね
と言っているのと、
本質的には変わりません。
(良い悪いの判断はここにはありません)

それを戦略として狙っているなら見事ですが、 
ほとんどの場合、無自覚でしょう。



そして、
そういう言葉に引き寄せられるのは、 
「事実を見抜けず、再現性という甘い言葉に思考停止してしまう人」だけです。
……おっと。 講座の直後で熱が残っているので、 少し口が滑りすぎたかもしれません(自己検閲)。

でも、今日の講座を受けた皆さんなら、
この論理的な誤謬(ごびゅう)に、一瞬で気づける目を持っているはずです。

再現性とは、
誰がやっても同じ結果になる」ことではなく、
誰がやっても、誰がやったか分からなくなる
という状態としてみることもできます。

講座では直接的な話題にしていませんが、
もう容易に想像できる状態にはなっていると思います。

ピーター・ティールもいうように、
パターンはあるけど、フォーミュラはないのです。
(パターンのパターンを獲得するのがOMS)

なぜこんな話をするかというと──

再現性がある、
誰にでも出来る、という言葉は、
一見すると優しさのように見えます。

けれど、その瞬間に、
その行為から「その人である必然性」が消えてしまう。

そんなとき、
「それをあなたがやる必要があるの?」
 「そんなに簡単な再現性があるのであれば、生成AIにやってもらえばいいのでは?」
という問いが、自然と出てくるはずなのです。

Khronosが扱っているのは、
そうした再現性の上に乗るものではなく、
その人でなければ立ち上がらないもの」です。



それを踏まえて、
ある人は、
ビジネスはサイエンスとアートの融合である、
ということをいいました。

機能的な再現性も大事ですが、 
そこに「あなた」という創造性がなければ、 
ジリ貧になっていく未来の可能性が高まっていくと思います。

科学でゴリ押しできる時代は遥か昔に終わったはず。

というように、
いろんなものがスッキリと観えていきますので、
引き続きそのプロセスそのものを楽しんでいきましょう。

これから先、

またそれぞれの場所で、

言葉が立ち上がっていくでしょう。

今夜からはRévia Luxのスタートです。

引き続き、
一緒に盛り上がっていきましょう。


ではでは、今回はこの辺で。

また次回の記事でお会いしましょう!

Khronos / The salone|Hiro

追伸:
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