成長している会社の例として、今度は同じく靴製造業のM社の例を紹介しよう。

 

このM社に関しては、特に震災後に急成長したとも言える会社で、震災を機に会社の方針を大きく転換したことが成長につながった典型的な例である。

 

この会社は震災を機に実質の経営権を社長から息子の専務に代わり、完全に営業方針の策定を専務に一任して、従来のスタイルから180度違うと言ってしまっても差し支えないほどの方向転換を行った。

 

それまでのM社は、「第11回<そんな中でも成長している企業>」の項でも紹介したような、ほとんどが3,980円か2,980円のサンキュッパやニッキュッパと長田で呼ばれているお買い得な中高年の婦人向けの靴を中心に作っていた。

それは震災後に大苦戦をする典型的なパターンでもあった。

 

工場も被災し、プレハブで操業を再開するときに、実質の経営を息子の専務に一任し、経営に関する口出しを一切せず、専務の経営方針に委ねたのである。

 

その専務は従来の無難な靴を作る路線をキッパリと止めて、完全にファッショナブルな路線に変えた。

 

これは簡単そうに見えて実は大変なことで、今までの問屋や販売先のルートもガラリと変わってしまう上に製造過程も大幅に変わり、既存の工員たちに対しても変化に対応させねばならない。

 

しかしM社はこれらのリスクを恐れず決断し、社長は専務の方針に一切口出しせず、従来とは真逆の路線を進むことになる。

 

ちょうど当時、歌手の安室奈美恵のファッションを真似る「アムラー」という言葉が流行語になり、厚底のロングブーツが10代の女の子を中心にブームになった。

 

「10代に流行」というのは、最近であればきゃりーぱみゅぱみゅや渋谷の109に代表されるように、一部のファッションにこだわっている人がメインの層であり、大多数ではない。

 

実はファッション業界においてファッションリーダーの趣向というものは言わば曲者で、似たような物を作ればコンスタントに売れるというわけではなく、ちょっとのデザインの違いで「可愛くない」等と言われ敬遠されたり、流行に乗って作ったら流行が既に終わっていたなど、ある意味ギャンブルの要素を秘めているのである。

 

今まで作っていた無難な靴は、デザインのちょっとした違いより、価格や使いやすさなどのコストパフォーマンスが重要視される。

 

しかし若者向けの流行しているものは当たれば大きいが、外れることも多い。そのためメーカーとしては手を出しにくい。

 

アムラーのようなファッションリーダー的な女の子はたくさんいるわけではなく、一部のファッションに敏感な子だけに需要があり、そんなに大量に売れないため、その方面には手を出さないというメーカーが多かった

 

このような先端ファッション的なデザインの靴はそんなに売れないかもしれないが、大量に出回る物でもないため、価格は高水準であった。

 

以前作っていた無難なお買い得感のある靴は、価格が勝負な要素が大きく、1足当たりの粗利は低かったのに比べ、ファッショナブルな靴はそのデザインと先端性から価格勝負する必要がなくなり、高値で売れるのだ。

 

1足当たりの粗利は無難な靴の何倍にもなり、たくさんの人に売れなくとも、ファッションにこだわる人が高値でも買ってくれると、営業効率は遥かに高いのだ。

 

そういった売れ筋商品のメーカーになると、そんなに価格のみで勝負することが無くなり、業績を押し上げていた。

 

M社のデザインは他ではやっていないような、言わば40人のクラスで1人くらいいるような、ファッションにこだわる人向けのようなものだ。

 

しかし、クラスの40人中20人くらいが履きそうな靴を作っていた会社が海外と競争になって敗れ、40人中1人しか履かないような他では無い特異性のあるものを持つメーカーが逆に生き残っているのだ。

 

あまり人の手を出さないところを極める事で、競争相手が少ないニッチな市場でのトップシェアを占めることが可能になり、価格競争に巻き込まれず、需要に対応することができる上に、厳しい市場の中でも成長を遂げることができているというのが重要な点である。

 

「第14回<代案を探す柔軟な姿勢>」に続く・・・