朝鮮問題深掘りすると? -27ページ目

朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

朝鮮の最高指導者の逝去と関連してウジ虫がわくように様々な小説がまた書かれていますね。今更ながらとこの連中の卑しさにはさすがの管理人もシャッポを脱ぐほかないようです。中国で引き逃げされた子供がうめくのを見て救助の手をさしのべるのではなく、なんと見ぬ振りして通り過ぎた人がと一八人もおり、その間についにこの子供が死亡したというニュースを知ってびっくりしました。TV報道番組などではこの事件について、中国が金にしか目の行かない守銭奴らの国にでもなったかのような報道の仕方でした。しかしよく考えてみるとこれも市場経済のなす技で、起きるべくして起きたと言うべきでしょう。大体市場経済とはこんなものです。「金のないものは死ぬしかない」-これこそ市場経済の鉄則なのですから。


今の日本と指して変わらないように感じられるのは管理人だけでしょうか。最近の犯罪ニュースを見ていると日本の社会の方が数段腐っているように思えるのですが。それは日本に住むわれわれが日常的に経験している故お出はないでしょうか。日本では生まれたばかりの子供をコインロッカーに捨てる人が少なくありません。子供虐待して死なせる事件も後を絶ちません。これと車にひかれた子供を救おうとしない現象がどれだけちがうのでしょうか。取材した方は人助けが損になるという風潮が中国にあると言っていましたが、それなら日本の方が次元が上でしょう。他国を卑下している場合ではありません。


そんな日本ですから朝鮮の最高の指導者の死が持つ世界的な意味など考えもせずに、相変わらず、ハイエナが集まって死んだ獣の死骸を少しでも多くいただこうと喧嘩するのとさして変わらない、他国では見られない、醜態を恥ずかしげもなく堂々とさらしていながらも平然としているのでしょう。「絆」などとおためごかしなどしているときではありません。


さて最高指導者の逝去を悼む朝鮮の人々の姿をいくつか紹介してきましたが、最高指導者の死を悼む詩2編を発見しましたのでご紹介しようと思います。「朝鮮の12月」と「最後までこの道を歩む」です。日本語訳がないので恐縮ですが、その詩は最高指導者の死を朝鮮の人々がどのように捉え、嘆き悲しんでいるのか,朝鮮の人びとはその嘆き悲しみをいかに克服していく決心でいるのかをよく教えてくれています。日本の三文報道番組や新聞をみるよりはよっぽど、今後の朝鮮を理解する上で参考になると思います。


朝鮮がっゆーチューブで流したものです

http://www.youtube.com/watch?v=yju38Cup39E&feature=BFa&list=UUknqqNd3-joIjWzf1Jn4oVQ&lf=plcp

http://www.youtube.com/watch?v=-gWxj6qcld4&feature=BFa&list=UUknqqNd3-joIjWzf1Jn4oVQ&lf=plcp


在日コリアンは涙無くしてこの詩を聞くことはないでしょう。他にも最高指導者の死去に悲しみの嗚咽と涙にむせぶ朝鮮各地の人々の姿を見ることができます。

キム・ジョンイル国防委員長の死去と関連して韓国では国情院(国家情報院=元安全企画部=元KCIA)の対北情報力とその管理能力に対する批判が絶えません。そしてその非難の矛先は国情院のウォン・セフン院長に向けられています。


ところでその彼が、情報掌握能力についての非難をかわそうと20日、国会の情報委員会で16日から20日まで金国防委員長の専用列車が「平壌竜城1号駅」から動いたことがない」と報告していたことが、逆にその無能さを示すものだと返って非難を高めています。アメリカの軍事衛星写真を通じてそれが判ったと言うことですが、他方で朝鮮日報が軍の高位級当局者の発言を引用して「軍では16-18日の間国防委員長の専用列車が動いたと知っている」と伝えています。


つまり国情院のウォン院長と軍当局がまったく違ったことを言っているわけです。ここから韓国では国情院と軍当局が相反する情報を持っていることについて「両機関の間の情報共有システムの問題をさらけ出したというものです。こうなっては体面が潰れるのでどちらかに統一しなければならず,ウォン院長の発言が正しいと軍が折れました。


しかしその後ウォン院長が極めておかしなこと言い出しました。民主党のチェ・ジェソン議員によると「情報委員会が終ったのちウォン院長に電話で再びこの問題についてきいたところ「北の公式発表と時間、場所が違うという意味では全くない」と答えたのです。つまりその専用列車にそもそも国防委員長が乗っていたのかどうかについては確認がとれていないということです。


ところが読売新聞は、例の悪癖のためか,韓国紙の一報をそのまま鵜呑みにし、取材をしないどころか、事実確認さえもせずに堂々と報道したのです。読売は「北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が、視察先に向かう「走る野戦列車内」で死去したとの北側公式発表について疑問の声が高まっている。…専用の特別列車は平壌市内の竜城(リョンソン)駅に停車していたと明かした。」と書きあたかも国防委員長の死の裏に暗い影が潜んでいるかのような印象を何とか臭わせようと必死になっているようです。新聞をもっと多く売り金を儲けようというわけです。


しかし読売の失敗は国防委員長が現地指導の際に使う専用列車が、一つしか無いというお粗末な判断に任せたことにあります。韓国国情院は以前から国防委員長の専用列車は最大で7つあると言っているので、ウォン院長の判断自体が話にならないものでした。この話にならない発言を真に受けた読売の特派員はせっかく韓国にいながら何も学んでいない、もどうしようもない記者だと言わねばなりません。


実はこれについて書くかどうか迷いましたが、定量に足りない脳細胞を必死に動かして、くだらない三文小説をでっち上げるのに必死になる自称専門家や,評論家らが再度公共の電波を使って国民の脳細胞をかき回すのを、少しでも防ぐことに役立つのならと思い書くことにした次第です。


また確かに現在最も注意を向けるべきは各国の態度でしょう産経は各国が「対応に苦慮している」と書きましたが,苦慮しているのは日本とアメリカ、韓国だけのようです。アメリカと韓国は「哀悼の意」なのかどうか、判断しづらい言葉でお茶を濁しましたが、日本は藤村修官房長官が一度は「潮位弔意」をしめしましたが、21日の記者会見で、「日本的文化の一般的常識の範囲で、私が哀悼の意を表したに過ぎない」と述べ、個人的見解と釈明。政府が弔意を示す可能性を否定したといいます。各国は明快に「深い哀悼の意」を要していますので日本の対応は国際的に完全にずれています。



朝鮮問題深掘りすると?

      悲しみを必死にこらえる朝鮮の若き指導者キム・ジョンウン大将


参考までに昨日現在、管理人が確認したのだけを紹介しても、中国は最高指導層の九人全員が朝鮮大使館に直接出向いて哀悼の意を表し、キューバは4日間を「哀悼期間」と定めました。ベネズエラは大統領の名で弔電を打ち「哀悼の意」を表明しており、国防委員長を「同志」と呼んでいます。またバングラディシュ大統領、ロシア大統領及び首相、カタール国家首長とその継承者、首相、ベトナム、インドネシア、フィリピンの国家指導者、カンボジア国王と王太后、パレスチナ,ラオス、ネパール,などのアジア各国の指導者らが弔電を通じて「哀悼の意」を表しています。むろん今後もっと増えることでしょう。

        
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朝鮮大使館を訪れ哀悼の意を表し深々と頭を垂れる中国の最高指導者たち

どこかの新聞が書いたようにこのような道徳的な問題で「対応に苦慮している」のは日本であって、各国ではなく明確に「哀悼の意」を表明し,金国防委員長の死を悼んでいるのが圧倒的なのです。これが現実であり、目の前で起きているこうした動きを丹念に追うことで、今後のアジア情勢などを考えるべきでしょう。それこそマスコミの果たす役割だと思うのですが。


しかし、どうせマスコミは売れる商品(ニュース)にするために、またも「脱北者」や帰国して10数年も過ぎて賞味期限の切れた「料理人」、李・ヨンファ(漢字表記を知る気にもなれない糞ハエのような人物のひとり)など、うさんくさい連中をまたぞろ引っ張り出してはせっせとお金儲けに集中するのでしょう。


管理人はすでに日本の新聞やTVの報道番組(バラエティーも)を一切見ないことにしているのですが、それでも情報が足りないとは思ったことなど無く、逆にくだらない記事や話に貴重な時間を取られずに済むので、その判断は間違っていなかったと思っています。そして現在の報道を見る限り、その判断はやはり全的に正しかったと確信を持てる次第です。

国家の命運を一身に担ってきた国の最高指導者であるキム・ジョンイル国防委員長の逝去を突然に目の当たりにした朝鮮の人々はその悲しみを素直にそして心底からの嗚咽と号泣の中に表しています。その姿はまさに故キム・イルソン主席が逝去した際に見せた姿そのものでした。最高指導者に対する愛と信頼の深さはまったくかわっていないことの現れでしょう。指導者と人民のこの渾然一体となった朝鮮の姿をはたして世界はどうみるのでしょうか。コリアンにとっては至極自然なこの姿も、アメリカや日本などでは理解しがたい狂気だという者もいるでしょう。だが、それは人民に真に尊敬される、父とも思える指導者を持つこの出来ないできたアメリカや、日本の国民がけっして得ることの出来る感情ではありません。逆に思えば、このように号泣と嗚咽の中でおくることの出来る指導者と、巡り会えなかったことの惨めさ、無念さがこみあげてくるのではないでしょうか。


朝鮮の人々の姿を紹介します。朝鮮中央通信社がホーム・ページで配信している動画です。トップ記事の下に動画の画面がいくつかあります。それをクリックすればみられます。

                    ↓            ↓

http://www.kcna.kp/userAction.do?action=videoindex&lang=kor&newsyear=2011&newsno=1281626


しかし日本のマスメディアは違っていたようです。産経新聞はこのときぞとばかりにキム・ジョンイル国防委員長と朝鮮を卑下し、TV各局はかき入れ時のように馬の目を抜くような勢いで、あること無いことを勝手気ままに言いたい放題です。このブログによく参考になるコメントを寄せて下さり、何時も感謝しているDriyosさん(コメント欄を見て下さい)に寄れば、「千七百数十年の日本民族の通史を詳細に検討して明らかになるのは、そこにいつも『誰かにとって好ましい都合』についての解釈はあっても、天に通じる普遍の善を見出すことはできないということだ。」と指摘されていますが、そうであればこのブログで、時たま非難する日本のマスコミの醜態は「千七百数十年の通史」の歴史を持っており、「天に通じる普遍の善を見出すことはできない」ということになり、したがって最早非難など必要のないものになります。


非難の対象にさえならない。だからいちいち反駁するのはかえって相手の土俵に上がることになるので、控えた方が良いということになりますが、その指摘には私も賛成です。しかし、他方でそうした非難を止めた途端に、それが「『誰かにとって好ましい都合』についての解釈」を「正当化」してしまうのではないかという、危惧を生むことになりはしないでしょうか。10回いっても分からない,者を捨てるのではなく、100回,1000回でも言ってわからせるべきではないでしょうか。もちろん骨の折れる仕事であり、いい加減いやになってくることもあるでしょう。

しかし、それを止めた途端に自分は独善家となり、相手を蔑むばかりで自己満足する、あるいは嘆くばかりで進んで是正しようと動かない「憂国の志士」で終わってしまうのではないでしょうか。それよりもひとりでも多くの人が声を大にして現在の日本の姿、日本のマスメディアの醜悪な姿を指摘し糾弾することで、メディアがじっとしていられなくなるまで、追い込んでいく必要があるのではないでしょうか。管理人はこの道を選びたいです。


しかし、やはりこの国日本は一度沈没しなければ再生不可能な、腐りきった島国になったのでしょうか。