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朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

韓国の経済学者が韓国銀行が発表している北朝鮮の経済に関する数字が実態をほとんど正確に反映しておらず、疑問だらけだという主張をしています。韓国のスンシル大学校のイ・ジョンチョル教授です。


イ教授は、朝鮮が「新世紀産業革命」「ハンナムの風」「平壌の面貌一新」などといったスローガンを通じて経済発展をクローズ・アップしているのを冷笑的に受け止めている、韓国の脱北者団体や政府部処、御用科学者らの姿と平和自動車のパク・サンゴン社長など、平壌を訪問した人々が感じた体感温度がまったく違うのに気がつき、経済学的手法を使ってなぜそのようなギャップが生まれているのかを検討した結果、韓国の御用学者や政府関係部署、脱北者団体が依拠している基本的資料である韓国銀行の北関係数値がまったく現実と離れた、意図的な作用によってねつ造されていることを突き止めたのです。


彼はこう言っています。「平壌の親経済政策に対する韓国の専門家らが下している否定的評価は、北韓が食糧難に加え-経済成長を繰り返しており、そのような大規模事業にしがみついているのは可視的な目的以外には、他の意図はないと言う判断に基づいている。それを後ろで支えているのがさる2011年11月に発表した韓国銀行の北韓経済成長率数値だ」


彼によると韓国銀行は例年よりも5ヶ月も遅れた時点で朝鮮の成長率を-0.5%だとしたが、一部では発表が5ヶ月も遅れたことや-0.5%と言う微妙な-成長率について、おいそれと受け入れるわけにはいかないと言う反論がそこかしこから提起されたと言います。

また朝鮮のGNI統計の問題点は様々な学者が指摘してきた、と言いながら「北韓の経済数値に対する情報の正確性如何は別にしても北韓の最終生産物を同一物の韓国での最低価格として計算するという点でまず間違いを犯している」と主張します。この換算方式をとるのならそれを一貫させなければならないのに、韓国はそれを購買力数値に当てはめるのではなく、韓国の対米為替数値に基づいて再計算しているというのです。GNIはドルで表示されるので朝鮮のウォンをドルに替えて評価しなければならないのですが、それをまず、購買力評価に基づいて韓国ウォンで計算し、継いでそれを再び韓国ウォンと米ドルの為替相場を使って再計算し直しているというのです。これでは本当のGNIを知ることは出来ません。


もっとも韓国銀行の数字はこのように不確かなものですが、他の代案が無いと言う事、趨勢をつかむのには有効であると言うことから韓国銀行の数値に頼らざるを得ないと言う制約があるのも事実です。


また韓国銀行は「(昨年の北の農業生産は)長雨による冷害と台風などの気象条件の悪化により農業と漁業の生産が前年比2.1%落ち込んだ上に、食料品やたばこなど軽工業分野で生産が減少した」ためだと北の経済減退の理由を分析していますが、平壌を訪れた人々の体感値数はこれとはあまりにも違うという疑問は解消していない」と主張しています。


また例年なら6月に発表される韓国銀行の統計が昨年は5ヶ月も遅れたという点も納得の行かない点だと指摘します。


しかも韓国銀行は2009年までつまり2008年度までは北の成長率の根拠となる基準年度を2000年度に設定していました。ところが2009年度の資料からは基準年度を2005年に修正して年間成長率を比較しています。そのために2010年、2011年の統計庁が韓国銀行の資料をそのまま受け入れて公開した資料では2006年から2010年までの実質視聴率数値が2005年価格基準で作成されています。そのために2006年、2007年、2008年は2000年を基準価格とした数値と2005年を基準価格とした数値が違いを見せています。

上の表は2000年から10年間の韓国銀行が発表した北の統計ですが、色の付いた部分を見て下さい。上段は2000年を基準価格とした場合の数値であり、下段(オレンジの部分)の数字は2005年を基準価格として計算した数値です。


これによると2006年の場合、2005年基準価格で修正すると2000年価格基準よりも小幅上昇しており、2007年の場合は大幅に上昇しています。逆に3.7%の+成長が3.1%に縮小されています。では2009年、2920年を2000年基準価格で計算し直したらどうなるでしょうか。2007年の場合1.1%もの誤差が発生しており、2008年の場合を見ると0.6%の誤差が生じています。これは2010年がマイナス成長したという韓国銀行の主張に強い疑念を持たせる結果になるでしょう。しかも2000年基準価格も2005年基準価格も最初に見たような方式で計算しているのですから基準価格でさえもいい加減なものです。


これまでは韓国銀行の計算式上の問題について書いてきましたが、次に韓国銀行が北のマイナス成長の原因として掲げた農業生産はどうでしょうか。


FAOとWFPは2009年度と2010年に北の農作物生産量が3.1%ほど増大したとみています。
同じ機構が発表した2011年度は8.5%の増大を見せています。反北謀略を事とするデーリーNKが最近「入手」したという「2011年平壌北道穀物収穫総合」という資料では、北の穀物生産高は前年度比42.2%増加したと言います。韓国の聯合ニュースによると(1月27日)住民への配給量が10月に355㌘に増やしてから毎月10㌘づつ増加していったと言います。1月の配給量は前月よりも20㌘も多く、北の当局が昨年末WFPに伝えた資料で今年の計画だと伝えた380㌘よりも15㌘多いと言います。


こうした配給量の増大は昨年度の収穫が前年度に比べ30~40万トン程度増大したためだと言います。まだ住民の食糧を十分に賄うことが出来ないでいるようですが、北の穀物収穫量が着実に増大しているのは間違いないと思って良いでしょう。


イ教授は次のように指摘します。「北韓の経済が持続的に-成長したとの韓国銀行の主張は多くの追加説明が必要であり、それを認めたとしても2011年には北の経済が相当な水準の高いプラス成長をしたであろう事を認めるべきだとの共感帯が形成されている事を知るべきである。」


さらに「これを裏返せば韓国の対北制裁である5.24制裁措置やUNの対北制裁措置がもはや無意味だと言う事を意味する。」「平壌建設事業もやはり産業連関効果と雇用の創出効果がおおきいという既存の論理を参考にして考えれば(苦難の行軍などの苦しい時期を含めた)20年間、なおざりになってきた都市住民の住居や生活環境の改善事業と見るべきであって、「正確な北韓経済の産業連関度を知る事の出来ない状況でそれをわざわざ誇示型(展示型)事業だと非難するのが適切なのか自ら問う必要が無いか考えてみる必要があろう」とたしなめます。


イ教授のこの指摘は日本の経済学者や「朝鮮問題専門家」「評論家」や「記者」、その類いの人々がつねに念頭に置くべき言葉でもあると思われます。記者らはそう言うと「資料がない、資料を発表しないから」と言い訳をします。だがそれは言い訳に過ぎません。わからないのなら分からないというのも記者や学者、評論家の良心でしょう。わからないから、いい加減な資料でも使うしかないと言うのでしたら、学者や記者という職業などいりません。それよりも分からないからいい加減な資料で書くしかないというのは、それこそ手前勝手な言いわけであり、そのいい加減な資料を使って書いたもの、話したことを信じ込まされる人々のことなど眼中にない、唯我独尊、傲慢さの表れでしょう。


また資料がないでもありません。例えば朝鮮政府は毎年財政総括をしていますが、それは重要な資料になるでしょう。例えば国家予算規模を見ると1994年を基準年度とした場合、1995年は58.4%、1996年48.8%、1997年47.4%の増大を見せており、朝鮮が社会主義国であり、世界で唯一税金のない国であることを思えば、国家の歳入は企業(国営)の余剰金と貿易収入などで賄っていると考えるしかありません。国家予算規模が40%台後半から50%台で伸びているのを見ると、十分な成長率を達成しているとみた方が妥当ではないでしょうか。もちろん基準年度が経済的に最悪の時だったので、多少の発展が数値では大きく記されると言うこともありますが、全体的に経済が良好で上昇機運が続いていると見た方が正解に近いのではないでしょうか。


朝鮮と日本の間には様々な点で解決すべき問題が横たわっています。そうした問題を解くためにも歪められた朝鮮認識を正すべきでしょう。
日本人の中には朝鮮について否定的な考えを持つ人々が多い、たぶん、10中8,9はそうだと思います。だが、そうした否定的な考えが歪められた(例えば朝鮮の経済はもうなりたたないといった)認識に基づいた考えだということを自覚すべきだと思います。全てはここから始まります。相手に対する間違った認識を正すことから始めましょう。

2つの暖かい話と1つの問題提起がありました。まず暖かい話を2つをご紹介します。と言っても両方とも朝鮮新報(日本語版)に掲載されたものです。


http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52937


http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52932


この2つの話、日本の良心がなくなっていると思う管理人に「いや、まだ捨てたものではない。」「どっこい日本人の心にはまだ人間としての良心が残っており、共生と言う言葉が具体的名実践の場で発揮されている」と言う事を確認させてくれました。


管理人は東北大震災と関連して、日本中に絆と言う美しい言葉が溢れ、被災者に対する日本人の温かい思いやりと、気遣いが溢れている現象を斜めから見てきました。実際、日本中からの支援や声援は、残念ながら日本人社会だけに向けられており、それ以外の在日外国人(白人は除き)にはまったく向けられていませんでした。中国人研修生を助けるために身を投げ出したすばらしい日本人もいましたが、生きるために故国に帰っていく中国人や韓国人を卑下する言葉がこうしたすばらしい行いを押し殺し、社会的な声となって響き渡りました。


ある中国人記者は、さっさと帰国した中国人労働者や研修生を蔑む日本社会の声に怒りを露わにし、「果たして帰って行く中国人労働者を、日本社会がどれほど仲間として扱ったというのか。震災直後に彼らの安否を心配した日本人が果たしてどれほどいたのか。日本政府は中国人労働者の安否を確かめる作業をはじめから放棄したではないか。他国に来て最低賃金さえもらえにまま孤独と厳しい労働を堪え忍んできた彼らには、日本のどこにも頼るところも、何をどうして良いのかを教えてくれる者も何もなかった。彼らは自己判断で返ったかも知れないが、厳しい見方をすれば日本社会に追い出されたのもおなじだ。」と語ったことが思い起こされます。


実際、一時日本社会では帰っていく中国人労働者らを「勝手だ」「非卑怯だ」などと罵倒する声が上がりました。だが、帰る中国人の言葉にどれだけ耳を貸そうとしたのかについては強い疑問は残っています。
在日コリアンに対する仕打ちも同じでした。朝鮮学校だけが支援から取り残され、文科省の学校視察(被害の大きさを調べるための)からも除外され、酷いことに今年度の助成金までが拒否されるという差別的措置が取られています。


あたかも在日コリアンは邪魔な存在であり、救援の対象にはならないとでも言いたそうな措置でした。
ところが、住民はそうではないと言う事を教えてくれたのがこの2つの話でした。

差別は権力レベルで歴然と残っているが(高校無償化から朝鮮高校を除こうとする差別)、一般の市民レベルではそうではないということを教えてくれた話です。もっとも権力に対する不満やいわれのない不安感、閉塞感から逃れ、そうした不安や不満を解消する方法を在日コリアンを差別することでいやし、自分の存在を確認し、自己肯定しようとする不心得者や弱い人間がまだ多いのも事実です。しかしそうしたことは克服可能だと言う事をこの2つの事実は教えています。


一般市民で差別意識が残っているのはまだ理解できる(許せると言うことではありません)としても権力レベルでのそれは、決して許せることではありません。高校無償化から朝鮮高校を不当な政治的理由付けで除外したり、東京都のようにこれまで支給してきた助成金をすべて廃止するという明白な差別を堂々と行うなどという事は決して理解できない人権蹂躙だと言えるでしょう。


高校無償化問題や助成金問題での在日コリンの非難には税金を日本人と同じく納めているのになぜ朝鮮学校だけが除外されるのかという非難がありますが、正確に言うとこの非難は的を外した非難です。元来子供が教育を受ける権利は納税の義務を果たしているのかどうかとは関係のないものです。仮に納税をしているからその権利があるとしたら、孤児の青少年は教育を受ける権利がないことになってしまいます。また納税できる程の収入のない家庭の子供も教育を受ける権利がないと言うことになってしまいます。


しかし、日本国憲法でも国際人権法でも子供の教育は天賦の権利として、納税の有無とは関係なく全ての子供に与えられた権利であることを明確にしています。従って納税しているから・・・と言った主張は効果的ではありません。もっともすでに了解しているとは思いますが、念のために管理人の意見を述べました。
最後に、孫正義さんの話で、ちょっと考えてしまう話です。


http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52936


筆者の佐野さんは「孫正義をめぐる物語の背景には、在日朝鮮人をめぐる一人ひとりの無数の切ない物語があると指摘する。」とし、日本人に向かって次のように指摘しています。


「何もわかっちゃいないな。在日がいるから、日本人は辛うじて゛生物多様性を保持でき、どうにか゛他人゛との付き合いができるんじゃないか」「孫正義よ、頼むから在日でいつづけてくれ。そして物議を醸しつづけてくれ。あなたがいない日本は、閉塞感が漂う退屈なだけの三等国になってしまうからである」


この言葉は多くのことを指摘してくれます。果たしてこの言葉から日本人はなにを学ぶことができるのでしょうか。この言葉を逆読みすれば在日コリアンを除外したまま多様性を強調する日本人の言葉は、自分の根本さえも失っている自己欺瞞に過ぎないと言うことでしょう。管理人はこの本をまだ読んでいないのでこれ以上深くは言えませんが、ふと「ブラスバンド」というイギリスの映画を思い出しました。


サッチャー時代のイギリスで炭鉱閉鎖が相次ぎ多くの炭鉱が閉鎖され20万人以上が失業し、そのために様々な悲劇が生まれましたが、そうした運命に直面し、結局閉鎖される事になった炭鉱の鉱夫らで結成されたブラスバンドを通じてサッチャー政権の非人間的政策を糾弾した映画ですが、クライマックスに来てイギリス全国大会でウイリアム・テロ序曲を演奏して優勝したそのバラスバンドの指揮者が、優勝決定後、カップの授与を拒否して簡単な演説をするのです。その演説の言葉が心に迫りました。記憶が薄れてはっきり覚えていませんがとても短い演説でした彼はこう訴えます。「このブラスバンドのメンバーは失業しました。皆さんは鯨やオットセイのことを真剣に考えます。だが、このメンバーは正直で真面目な人間です。鯨よりも彼らにもっと強い関心を持って下さい」という内容でした。


人間の偽善を指摘した言葉でした。


日本でも福島に取り残された動物のTV映像を見て涙するゲストや視聴者がいます。だが、動物に向けられるその愛情は、在日コリアンの学校や学生らには向けられません。捨てられた動物を見て流す涙は、やはり偽善なのでしょうか。

韓国の大手放送局、MBCの労働組合が30日、金在哲(キム・ジェチョル)社長の退陣を求めて全面ストライキに突入しました。労組側は「幹部によって政権寄りの不公正な報道をさせられている」と訴え、社長退陣までストを続けるとしています。これにより現在MBCはニュース番組を大幅に短縮するなど編成に影響が出ています。1月31日の朝日が報道しました。


 労組は25日からニュース番組の取材や制作などの拒否を始め、幹部らに退陣を迫りましたが、会社側が応じないため全面ストに踏み切りました。労組によると約1600人の職員のうち千人近くが労組に加入しており、その大多数がストに参加しているといいます。


MBCがストに入った原因を見ると、根源的にはMBによる言論掌握策動が目に余り、これ以上黙っていることが出来ないという、言論人としての自覚とジャーナリスト精神の発露だと言うことが出来ます。日本の言論人が遙か前に失ったものを守るための必死の闘いなのです。


朝日の記事ではよくわかりませんが、2MBは大統領になった後、すぐに言論掌握に出ました。政府内に放送通信委員会をつくり、そこに自分の腹心の一人であるチェ・シジュンを座らせ、(閣僚級)言論掌握のために必要ならば全てを任せてきました。


例えばMBCに対しては、前社長が1970年代の東亜言論闘争の時に運動に関与していた経験を持っていたことから、彼に背任横領の濡れ衣を着せ(裁判で事実無根であることがはっきりし、無罪を勝ち取っています)て、会社から追放し、後任に親MBのキム・ジェチョルを指名し、MBCを政府公報局のような放送局に作り替えてしまいました。


2008年に起きた李明博(イ・ミョンバク)政権の米国産牛肉輸入再開に対する反対運動(それはロウソクデモに拡大しました)も、MBCの番組「PD手帳」が発端となったことからもわかるように、MBCはもともと政権と距離を置いてきました。政府は当時、「偏向放送」だと厳しく批判し、MBC掌握に動き出したのです。そして2年前にチェ・シジュンに近いキム・ジェチョルを社長に据えてからは、「政権や与党に批判的な報道や番組が放送できなくなった」(労組の広報担当者)といいます。


朝鮮問題深掘りすると?

実際記者会見文は「(現在のMBC放送はキム・ジェチョル社長が就任して以来)政権にとって少しでもデリケートな事案は放送させなかったり歪曲するなど、権力の監視と批判という言論としての基本的機能をすべて失った状態」で「MBCは言葉通りのMBの放送、政権の放送という汚名を買った」(同)と指摘しています。


今回のMBCストで最も肝心なことは2MBの放送(言論)掌握に現場の言論人がいっせいにNOを叫び、具体的な行動に移ったことを意味している点です。それは6日、MBC労組が発表した記者会見文で「イ・ミョンバク大統領の間違った政策に対して真に反省をするのならイ大統領が行った言論掌握政策に対する改善から着手せよ」「(反省していると言いながら)イ大統領のメントであるチェ・シジュン放送通信委員長が任命した公営放送の落下傘社長らに対する刷新は行っていない」と非難していることからも分かります。


記者会見文はさらに現政権の目論見についても「こうしたことはイ大統領が4年をかけて掌握した言論放送に無賃乗車して、来る4月総選挙と12月大統領選挙で言論放送を自分たちに有利に利用するということである」と現執権層の権力再掌握の目論見についても鋭く指摘しています。


さらに「パク・クネ(旧ハンナラ党)非常事態対策委員長が真にイ大統領の間違った政策を反省するのなら、MBCをはじめとする公営放送に落下傘で投入された『MBマン』らをまず排除すべき」であり「そうでなければ今セヌリ党がすると言っている刷新作業も欺瞞だと言うことを自ら明かすことになる」と詰め寄っています。


そして最終的目標について「現在の過度に与党偏向的な放送から、与党でも野党でもない国民の放送に再び返り咲き、公営放送としての位相を回復すること」だと明らかにしています。


こうしたMBC労組の全面スト突入に対し、KBS,YTNも同調する動きを見せています。各社の労組は「公営放送の復元」のめに共同対策委員会を構成し、不当に解雇された記者らの復職などを実現するために共同で闘争することにしました。

全国言論労組KBS本部、MBC本部、YTN支部も組合員らは7日午前11時にMBC本社一階ロビーで「公正放送復元、落下傘社長の退陣、不当に解雇された記者らの復職などのための共同闘争委員会」の出奔を宣布し、今後の闘争方針などについて明らかにしています。


もちろん落下傘社長の就任による言論掌握政策は早くから反対運動に悩まされ続けてきました。YTNはさる2008年反対闘争を通じて6人の解雇者を含め、33人が重軽懲罰を受けるなどの犠牲を払いながら、敗北を喫したことがあります。MBCもこれまでに39日間のストを行いましたが、労組委員長が解雇される苦汁をなめました。むろんKBSもこの間、公正放送を勝ち取るためにストなどを行ってきましたが、成果を得ることが出来ませんでした。しかし現在の状況はこうした敗北を克服し打って出ることを要求しているという判断が今回のMBCのストの背景にあります。


まず、解雇された記者らが言論労組の事務所で「ニュース打破」というネット番組を製作してMBの言論掌握に正面から挑んでいます。次にMB政権は最早沈みかけており、かつてのような強硬策をとれる状況ではありません。また朝鮮側はMBの言論掌握策動によって最早言論としての使命も何も投げ捨てた韓国の言論に手厳しい警告を与えています。


このままでは仮に韓国の言論人が北側取材を許されたとしても、チェ・シジュンの掌で踊る言論社は北のお呼びではなくなるでしょう。韓国国民ももはや言論に対する信頼を失っており(市民の関心はマスマス民主言論を地で行っているネット新聞や、新たに始まるネット放送局「真実の力」など、既存の言論媒体よりも民主・市民勢力の言論媒体に向かっています。)まさに言論が身を置く場を失っている状態です。こうした危機的状態こそが言論人を覚醒させたのでしょう。


こうして共同闘争委員会は今後、「言論の自らの役割を言論労働者が進んで勝ち取らねばならないとの使命感に従って放送を正し、国民に放送を返す闘争を共に行う」と強調し、△キム・インギュKBS社長、キム・ジェチョルMBC社長、ペ・ソッキュYTN社長(以上は全て落下傘社長)の即刻退陣、△解職社の復職、△政権から独立した放送システムの実現などのために共同で対処するとしています。


このまま事態が推移し、闘争が拡大していけば、過去の東亜言論闘争の時のように、政権と言論が真正面から対決する大規模な闘いに拡大することも考えられます。


過去に韓国で言論闘争が起きたとき、日本のマスコミはなんら声援も支援も送りませんでした。日本のマスコミは米軍占領下から脱出した後、これと言った言論弾圧を受けたことがありません。そのためか、ぬるま湯のなかで高給取りのサラリーマンとしてしか存在してこなかった、日本のマスコミが再生するための良い模範を、韓国の言論人の闘いに見ることが出来ます。もっとも韓国にならう決心を持った、それだけの根性と使命感を持ったマスコミ人がどれだけいるのかは疑問ですけれど・・・