数千人の民間人不法査察が明るみに パニックに落ち込んだ2MB政権(中) | 朝鮮問題深掘りすると?

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初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

2MB政権による民間人不法査察問題を考える場合に,政権がこの事実が暴露された後に,その証拠隠滅を図ったことまで暴露されたことを忘れてはならないでしょう。この事件の深刻さはまさにここにあります。不法な民間人査察が青瓦台を中心にした政権ぐるみで行われたばかりか、その事実が暴かれるや今度はその証拠となるものを全て隠滅しようとしたことまでが明るみになり、問題を一層大きくしたわけです。しかもそれは2MBに報告され,2MB自身が承知していたというのですからまったく話になりません。


マスメデイアが以前のように批判精神を失うこと無く、公正報道を唱え、政府監視の本来的任務に忠実で無かったならば、この民間人に対する不法査察は、すでに過去の問題として民衆に忘れられたことでしょう。


しかし、マスメディアは権力からの「独立」を主張し、本来の批判精神を叫び,権力の監視役として公正性を主張して闘いの道に公然と立ち現れ、そのために解雇された記者、カメラマンら自身の手で真のメディアの姿を追及する中で生まれた手作りのメディアを立ち上げ、そうした姿勢を広く示す中で失われつつあった市民の記憶を呼び戻どそうとした、人生を賭けた闘いの産物として生まれた「リセットKBS」(リセットと言う言葉に彼らの真意が表れています)だからこそできた報道番組によって再生したのです。


そしてそれは期待に違わず核爆弾並みの威力を発揮したのです。単なる再生では無く、KBSなどの放送社の内部動向や労組の現況、主要人物の評価など,極めて広範囲にわたって体系的に行われてきたことを暴露し,政権による言論掌握の実態が明るみになったのです。


元来、総理室の公職倫理支援官室による民間人不法査察が行われていたのが明るみになったのは2010年6月21日にある国会議員が国会でこの事実を暴露し同月29日のMBCの「PD手帳」がその被害者事例を報道したことが始まりです。その後、事件の隠蔽、証拠隠滅が続き、徐々に忘れ去られようとしていた問題です。つまり民間人不法査察→事件の隠蔽・証拠隠滅→捜査縮小→懐柔・裁判工作の順を追う中で人々の記憶から忘れられようとしていた問題だったのです。


ところが問題が全面的に浮上し、青瓦台や検察が深く介入していたことまでが明るみになるや、2MB政権は事件の隠蔽・証拠隠滅を図ったのです。しかし、それは総理室の末端で上部の指示に従ってハードディスクを破棄したチャン・ジンス前主務官が裁判過程で良心宣言を出したことで明るみになってしまったのです。


これまでに明らかになったのによればチャン主務官は雇用労使秘書官室行政官のチェ・ジョンシクを通じてハードディスクを永久破棄するように指示されたばかりか、チャン主務官による証拠隠滅について「検察では問題にしないことで民正首席室で合意を見た」状態であったと言います。そればかりかチェ行政官は検察による押収捜索いつ行われるかまで知っていたし、検察は書類などの資料を集めず、ほとんど空っぽの段ボール箱は新聞紙でいっぱいだったと言います。


また査察に使われた「テポ(大砲)ポン」(所有者のはっきりしない携帯電話)の存在や通話内容も法廷に提出しない事になっていたと言うのです。もちろんチャン主務官は約束を反故にされ証拠隠滅の責任を取らされたのです。チャン主務官は「一生食わせてやる」「キャッシュで渡す」などと懐柔され実際に2度に渡って計7千万ウォンを受け取っています。しかしチャン主務官は首謀者にはしないとの約束を反故にされ「良心宣言」を行ったわけです。もっとももだからといってチャンの罪は消えないでしょう。


青瓦台の核心的ラインが網羅されたことから2MBが事件の縮小、隠蔽、証拠隠滅を知らなかったとは考えられません。3月27日、イ・ヨンホ前青瓦台雇用労使秘書官が「私が本体」だと発言しましたが、上部人士の介入疑惑が雪だるまのように大きくなるばかりです。


時事評論家キム・ジョンベ氏によるパッケスト放送「イッシュー暴く男」のその第60回によると、証拠隠滅など一連の事件が少なくとも昨年10月にはVIPつまり2MBに報告されたし、青瓦台の民正首席室は加害者として裁判を受けている「ヨンポ・ライン」(嶺浦ライン)と呼ばれる2MBの直系ラインの一つである嶺南・浦港地域出身者7人に対する「専担管理チーム」を運営しているという疑惑も出ています。つまり2MBに報告された後に青瓦台民正首席室に加害者とされる嶺・浦ラインの7人に対する「専担管理チーム」が生まれ、チャン前主務官に就職を斡旋したり現金が渡されたと言う事です。


このように、すでに破棄された証拠なども合わせて考えると2MB政権登場後、韓国社会が3共(朴正熙の政権)や5共(全斗煥政権)の偉大と変わらない程広範な民間人不法査察が政権ぐるみで行われていたと考えても良いでしょう。(つづく)