「この子ね、面白いんだよ。このケースじゃないと絶対にダメなのね」
明け方の夢で目を覚ます。
夏の声が懐かしいと思うほど年月が過ぎたことが悲しい。
彼女はたまにしか出てきてくれないから…。
出発の朝にまたあの夢を見るのは、やはり彼を旅へと導いているのか。
柔らかい髪が、細い肩が、香りが恋しくてたまらない朝、いつものように仏壇に手を合わせ、3人の写真を抜き取った。
ポストマンの象徴である黒装束の胸ポケットに忍ばせる。
ひと昔前の学生服のような上下の制服は、ホルスターから銃を取り出しやすいように上着は腰までしかない。
その上から丈が踝まである、これまた真っ黒なコートを羽織った。
帽子とゴーグルも紫外線防止の上で欠かせないアイテムだ。
ハギには同様の機能を持つ赤いカッパを特注した。背中には郵便マークも付いている。
赤にしたのは、ポストマンの荷物入れが赤である為。
どちらにしても、黒と赤の組み合わせは目立つが、せめて荷を前かごに置いてある体の防衛だ。
始めこそ多少の違和感を示したものの、ハギは大人しく前かごに収まってくれた。
かごには小さな傘も装着されている。陽の傾きによって角度を変えられる優れものだ。
制服と同じ漆黒の自転車の後ろに大量の手紙、その左右に自らの物資と武器を。
外界との境にある強固な門扉には羽鳥が待っていた。部屋の鍵は渡してあるのに、結構律儀な奴だ。
「俺くらいしか見送りに来る奴居ないだろ」
~特に気にしてない。
「探し物、見つかるといいな」
「…見つけるんだよ」
大きなため息に似合わない笑みを浮かべて、死ぬなよ、と一言。
潤伍にも、意識せず笑みがこぼれた。
まずは群馬にある街を目指す。榛名湖のほとりに3000人程が暮らす小さな街。
真っ直ぐに向かえば2~3日の距離ではあるが、彼等には探し物がある。
それはペットショップかホームセンターか薬局か。夏は近所のホームセンターで購入していた。
しかし、大きな街跡は賊達の縄張り化してることが多い。
だが、事の始まりから危険は百も承知。潤伍は迷わず熊谷へとペダルを踏み込んだ。