あれが起こったとき、潤伍は都内の郊外に住んでいて、大多数の人がそうであったように、彼には何があったのかまるで理解できていなかった。
初めはただの停電だけだと思っていた。
電車が止まり、午後の講義に出なくて済むと内心喜んでいたくらいだ。
しかし、それが1~2日も経つとさすがに不安を感じだす。
彼の家では昔ながらの石油ストーブだったので、何とか寒さは凌ぐことが出来た。
その頃はまだ食料や生活必需品も購入出来たが、3日目くらいから流通のストップにより混乱が表面化していき、1週間後には見事にパニック状態と化す。
暴動や略奪が横行し始めたのもその頃からだった。
何かが起こったのは分かっても、何が起きたのかは解らないまま、一切の情報を遮断された人々の中には恐怖しか沸き上がらなかった。
そんな中でも潤伍はどこかはぐれて、右往左往する人々の様子が喜劇にさえ見えていた。
田舎では大概の家で畑を持っている。彼の家でも夏が世話した小さな畑があり、根野菜や葉野菜も多少は採れた。
大都会ほど混乱は顕著で、食料を貪り尽くした後に郊外へと流れてきた。
たった1ヶ月程度で社会生活などというものは崩壊し、人間は獣へと墜ちていく。
潤伍はといえば、何とか身を守りつつハギのご飯を探していた。
物々交換が当たり前となった頃、メガホンを持った自転車集団を見かけるようになる。
「私達は、埼玉県の武甲山から来ました。自主党の江上利昭議員が生き残った皆様と力を合わせ、安心して暮らせる街を建設しようと頑張っております。ですがまだまだ人手が足りません。安心・安全な街作りを目指しております。どうか皆様の力をお貸しください!」
~こんな時にどこのトンチンカンが選挙活動?
江上は有名だった。当時37歳で、中央集権の政府から離れ、地方創成に力を入れていて有権者人気も高かった。
自転車集団は何日かおきに現れ、演説を繰り返していく。
「街を作るとは?」
3回目に、潤伍は話しかけていた。
「なるべく陽に当たらない方がいいぞ。危険なのは暴徒化した連中だけじゃないんだ」
「…どういう意味だ」
潤伍はその時初めてスーパーフレアについての知識と情報を得た。
生き残りの中に専門外ではあったが学者が居たらしい。
当日のオーロラと停電、ネットワーク破壊から見て、世界的に影響を及ぼすスーパーフレアではないかとの見解だった。
「…猫連れでも構わないか?」
男はあからさまに怪訝な顔を示した。この頃にはすでにペットという概念は薄くなっていた。
「家族だ」
「…構わないが、気を付けろよ」
ハギを連れて武甲山へと向かったのは、スーパーフレアから3ヶ月後のことだった。