家から自転車で10分程の所にホームセンターがあった。田舎には珍しく大きめのそこは、ペットコーナーも充実していた。本屋とスーパーも隣接していたので、彼らの生活を潤す主な場所となっていた。
そこにあれは売っていた。たまたま夏が手に取り、ハギが気に入ったのは緑の蓋のマタタビ粉だった。
不思議な事に、別のマタタビ粉では見向きもしないくせに、それを緑の蓋のケースに容れると喜んで食べた。
猫に色や形が分かるのだろうか?
夏はよくハギに話しかけていた。おいでと言えば傍に来るし、挨拶をすれば返事をする。帰って玄関を開けると必ず待っているし、大嫌いな病院も事前に何度も言い聞かせれば大人しく従った。
よく考えたらとても頭の良い猫で、マタタビ粉にこだわりを持つのも当然かもしれないと潤伍は思った。
この旅に出る前にも、彼は毎日ハギに声をかけた。
「大好きなマタタビ粉を探しに行こう。一緒に行こうな」
そう、彼らの探し物は、緑の蓋のマタタビ粉、正確にはそのケースだった。
なぜ命懸けでそんな物を探すのか。潤伍にも正直分からなかった。
ハギの為か自分の為か…いつの間にか無くしてしまった、形もおぼろげのそれを見つけてハギにプレゼント出来たら喜ぶだろうな、そしたら自分も嬉しいだろうな。
そんな単純な想いに囚われたら、もう止まらなかった。
夏とハギ、思い出の品が欲しかっただけかもしれなかった。
「…ここにも無いか…」
ハギの頭をひと撫でし、サドルに体重を乗せる。そんな事を繰り返して2日目の夕方、およそ街の外で見かけない光景が目に入る。
10歳くらいだろうか、少年と老人が畑を耕していた。少年が潤伍に気付く。
「あ!お爺ちゃん、ポストマンだよ!」
~あれが大地か。
少年は歯を見せて笑った。
彼らのことは聞いていた。
「ほっ…1人とは珍しい」
深いシワが刻まれ、日焼けした顔を撫で付けてしゃがれた声をした70がらみの老人の手を少年が引く。
「あなたが村内松雄さんですね」
その人は、ポストマンや物資運搬の警備員が必ず通る関所のような、宿泊もできる休憩所の管理人だった。
そこは街側とも賊側とも商売をしており、暗黙の了解としてそこから1K圏内は中立地帯となっていた。
「おじちゃんはどうして1人なの?あれ!これ猫だ!猫だよね!」
~おじちゃん…。
「図鑑で見たことあるよ!うわ~本物だ!」
~おじちゃんって俺…?
「へぇ~。でもちょっと怖い感じだね!」
~そうか…今年で30になるもんな…。
潤伍は少なからず衝撃を受けていた。
「触っても良い?」
「…構わないが、少し休んでもいいか?」
「あ、そうか。こっちだよ!猫も良いよね、お爺ちゃん!」
「…2人か。大地、案内してやりなさい。爺は茶を用意するから」
少年は嬉しそうに潤伍の手を引っ張って木造2階建ての家屋へと案内した。
造りは古いが、余計な物の少ないさっぱりとした居間には、低いテーブルとソファーが、続きのダイニングには4脚のダイニングテーブルがあり、大地はソファーへと潤伍を案内した。
老人の淹れてくれた緑茶で人心地ついている最中、大地は水を飲んでいるハギを撫でてみたり眺めてみたりと大きな毛玉を堪能していた。
「これ大地。猫も休ませてやらなきゃ」
「そっか!この子もポストマンだもんね!」
彼の興味は潤伍へと移ったのか、隣にちょこんと座るとニカッと笑った。
「ねぇおじちゃん、あの子の名前は?」
まだ猫だった。
「…ハギ…」
「はぎ?」
「おはぎみたいな色をしてるからだ」
「おはぎって何?」
大地は11歳だと言った。あれが起きたのは7年前。当時3歳の彼が猫やおはぎを知らないのも無理はない。
「こんな色した餅だ」
~雑な説明なのは分かってるから、爺さん、そんな目で見ないで欲しい。
へぇ、といまいち納得出来てない返事で、大地はまたハギを眺めに行った。
「明朗なお孫さんですね」
村内は目を細めた。
「お前さんは、何で猫を連れてポストマンに?」
潤伍は面倒に思いながらも、経緯についてざっくりと伝える。
「緑の蓋の?…保証は出来んが、こっちでも探してみよう」
~言ってみるもんだな。ここのような休憩所は各所にある。頼んでおくに越したことはない。
その時だった。
空き缶のぶつかる激しい音が部屋に鳴り響く。