質素で機能的なその部屋には、どこから持ってきたのかソファだけは立派に鎮座している。
その人は地味なデスクで書類の山に埋もれて仕事していた。
挨拶の声で藤田であることを確認していたその人は、顔も上げずに答えた。
「どうしたぁ」
「どうも、お忙しい中すいませんねぇ。ちょっくら会って貰いたい奴が居ましてね」
そこで始めて正面を向いた人物は、とても事務仕事が似合うような細身でもなく、議員という雰囲気もなく、どちらかと言えば武道派のようながっしりとした、しかし顔は優しげな印象が強い。
「武甲に引き抜きたい奴が居たが、ポストマンになっちまったってこの前話したでしょう」
「おぅ、覚えてるぞ。そいつが?」
潤伍は短く自己紹介する。
「よろしく。俺は一応榛名を預かってる池川哲夫だ」
名前も雄々しい。
「いろいろ話を聞きたい所だが、本当にすまんな。今は忙しくて」
「今すぐ聞いて欲しい話なんですよ」
藤田は話を割る。彼の真剣な表情に、池川はすぐに手を止めた。
「以前からアウト連中の風紀の乱れに苦言をおっしゃっていたでしょう。今回、ある件の物証が出ましてね」
藤田が目で合図するので、潤伍は端的にあらましを説明してからレコーダーを流した。
「これを期に、きちんと法整備を敷いて、犯罪者を裁くべきではありませんか?」
「雑務に追われてる場合じゃないか…」
池川は暫く腕組みで考え込んだ。
この時、どこの街でもしっかりとした法が存在しておらず、街ごとのトップが何となく決定した事がゆるりと実行されていることが多く、街の特徴はトップの良識と良心によって決まっていた。
武甲は元議員がトップを張っていたため、そこそこしっかりと統率されてはいるが、独裁感は否めない。
「よし!やはり議会を作ろう!」
「ですね!今まで何となくで終わらせていた事にしっかりとした枠組みを作る。個々を束ねるには頃合いでしょう」
「だな!議会を作って法律を作り直して、裁判を開こう!まずは選挙だ!」
何となく盛り上がりに水を差すようで申し訳なかったが、潤伍は口を挟んだ。
「…すみませんが、黒狼の2人とあのポストマン達は?」
「黒狼の2人は3日後に釈放!3人のポストマンは、正式な裁判ができるまで勾留!小幡君のテープは証拠品として提出するように!以上!」
なんと決断が早く、気風の良い人物だろうか。潤伍は圧倒された。
彼自身、ここまでの成果を期待してのレコーダー作戦ではなかった。
証拠品として提出すれば、おざなりに終わることなく、あの鬼畜達に犯罪者のレッテルを張ることができる。彼等は大きな罰を受けることになるだろう。ポストマン然り、流通担当警備員でも犯罪に手を染める者も少なくない。
人づての評判が、仕事の有無に関わって来ることも多いのだ。
しかし、まさか街の立法にまで発展するとは。
いや、きっとこれは1つの街で収まる話ではないだろう。
池川なら、古い日本政治の因習を引き継がず、良い治世が敷けるのではないかと潤伍は思う。
他の街との連携も取れれば、新たな日本の誕生となるのだろうか。
池川を見ていると、少し明るい未来に我知らず胸が踊っている自分に、潤伍は驚いていた。暫くこんな感情を味わっていなかったから。