上下の唇を接近させて出す摩擦音がΦ(無声)とβ(有声)である。
上の歯と下唇を接近させて出す摩擦音がf(無声)とv(有声)である。
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[Φ]は蝋燭を吹き消す時に[Φ:]として用いられる。
[β]は[w]に摩擦が加わったものとも解釋できる。

多くの欧州語のfとvは唇歯音である。英語のth音[θ][ð]は上の歯と舌尖による摩擦音なので、音が似ており、しばしばロンドンのCockneyなどで混同される。
英語の固有名詞がロシア語に入るとMartha>Marfa、Theodor>Fёdorという固有名詞になる。
これが日本語で「ヒョードル」Hyodoruになっている。
「マラソン」の語源となったギリシャの地名のMarathonはロシア語でMarafonになっている。日本人は地名の方を「マラトン」、長距離走を「マラソン」にするように英語のthをsにしている。

漢字音のf
日本語の場合、漢字の音読み(但し呉音か漢音)でハ行で始まる漢字はシナ語でb-p-fで始まり、シナ語でhで始まるものは日本語音(呉音か漢音)でkかgで始まるか子音が省かれている。
シナ語のうち、廣東語ではhuがf(u)になる傾向があり、「快」はkuaiからhuaiを経由してfaiになっている(下注釋)。
「華氏(クワシ)」はFahrenheitの音譯が「華」Huaで始まるからで、これをFaにする方言の話者が考えた音譯であろう。
Pfizer製薬がシナ語で「辉瑞」Huiruiになるのは、シナ語でfとhu、rとzが似ているからだろう。

福建語などの閩方言では逆にfがhになる傾向がある。
「台风(颱風)」は普通話でtaifeng、廣東語でtoifungだが、台湾語で「台」はthai、「風」はhongになるようだ。
中国語方言字音データベース: 

「福建」は普通話でFujianだが、Hokkienは現地方言に近い發音であろう。
中国語方言字音データベース: 

日本人がシナ語を学ぶとFan、Fan、Huan、Huangを全部「ファン」[фaɴ]にしがちだ。
HuanとHuangの場合、Huを「ホ」だと思うように指導する講師もいて、そうなると「ホワン」になるが、それでもnとngの区別ができない。

前日の通り、朝鮮語では漢字音でfが生じなかった。
故に、朝鮮人名のローマ字表記ではfはあり得ない。
カタカナで「ファン」と書かれるものは、シナ語ならFan、Fang(HuanとHuanは「ホワン」が多い)も考えられるが朝鮮語の人名ならHwanかHwangである。
「黄長燁」Hwang Jang Yeopは「ファン・ジャンヨプ」と表記された。
康珍化(カン・チンファ)氏の名前の読みは朝鮮語だろうが、それならKang Jin Hwaとすべきで、Kan Chin-Faはおかしい。
呉善花(オ・ソンファ)氏の名前も朝鮮語ならO Seon Hwaとなるはずだ。O Son-Faは妙である(下注釋)。

ロシア語のfとv
ロシア語のф[f]とв[v]も唇歯音で、語末や無声子音の前ではв(ローマ字v)も[f]になる。
Khrushchёv、GorbachёvやMedvedevの語末のvはfになる。
これらの人名はシナ語で「赫鲁晓夫」「戈尔巴乔夫」「梅德韦杰夫」になる。語末のvが「夫」fuになる点に注目。
地名も同様で、Khabarovskのsの前のvも[f]になる。シナ語では「伯力」Boliという固有の名があるが、ロシア語名の音譯は「哈巴罗夫斯克」である。
Vladivostokはシナ語で「海参崴」であるが、ロシア語名の音譯では「符拉迪沃斯托克」で、語頭のVが「符」Fuになり、語中のvoが「沃」woになっている。
なお、Vladimir Vladimirovich Putinはシナ語で「弗拉基米尔・弗拉基米罗维奇・普京」となり、語頭のVは「弗」Fuになり、vichが「维奇」 weiqiになっている。
Rachmaninoff(Рахма́нинов)の場合、日本語の「ラフマニノフ」ではch[x]もff[f]も「フ」[Φu]になる。これは日本語の弱点である。

コーヒーとフィルム
日本語ではko-hi:とΦirumuになる。
朝鮮語ではkheo-phiとphil-leumになる。ちなみに「コーピー」はkhap-hiになる。
シナ語ではkafeiとfeilinになる。

バンクーバー、ベルサイユ、バイオリン
└→参照

モンゴル語のфとβ
ロシア語ではфは[f]を、вは[v]を(場合によっては[f])を表す。
ロシア語と同様、キリル文字で書かれるモンゴル語では、фは外来語に現れるのみである。
феодал:封建領主、физик:物理、вагон:車輌、варень:jam

モンゴルの固有名詞のうち、日本語のカタカナ表記で「フ」になるものは、多くの場合、キリル文字でх、ローマ字でkhであり、英語ではしばしhやkで代用される。
フフホト」(下注釋)はモンゴル語でХөх хот、英語でHohhotである。
ビライ・ハーン」はモンゴル語でХубилай Хаан、英語でKublai Khanである。
「スバートル」はモンゴル語でСүхбаатар、英語でkhbaatarになる。
ちなみに「スフバートル」はロシア語でСухэ-Баторになる。

モンゴル語ではвは両唇摩擦音[β]となる。ロシア語でв[v]が唇歯音になるのとは異なる。
「ゴビ砂漠」として有名な Gobi は現代モンゴル語でговь[ɢɔβʲ]になる。どうもб[b]が語中で摩擦化したもののようである。更にTibetはモンゴル語でТөвдになる。
中国人名の「王維」Wang WeiはモンゴルでВан Вэйになるだろう。
白鵬の本名はМөнхбатын Даваажаргалである。
朝青龍の本名はДолгорсүрэнгийн Дагвадоржである。

Φj, βj, fj, vj
Φとβの口蓋化音は両唇接近と同時に舌面が上顎に近づく。これは母音[y]、半母音[ч]の發音の状態に近い。
fとvの口蓋化は、fjとvjであり、英語のfew[fju:]とview[vju:]にある。
これは「ピュ」[pju]や「ビュ」[bju]を發音するつもりで、両唇でなく上の歯と下唇を接近させればいい。
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pjとbjに対してprとbrがあるように、唇音の摩擦音にも rとの結合が考えられる。
閉鎖を弱めて摩擦にすれば、Φrとβrが考えられ、両唇音を唇歯音にすればfrとvrも考えられる。

Φrやβrは少ないと思うが、英語の語頭のrが圓唇化してwrまたはrwのようになる。
frでは唇歯音の調音の段階で舌がrの構えになる。vrは少ないがロシア語でvrachがある(もっともロシア語のrは舌先ふるえ音)。ブルガリアの地名Vratsa(これもスラブ語か)が英語の中で使われると語頭にVrが現れる。

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英語の語頭にfrがあってvrがないのはvrに相当するのがwrで、これはwrestleやwrite、Wrightのようにrの圓唇の二次的調音になったのだろう。

前後一覧

関連語句

注釋
faiになっている
シナ語の「快」kuaiが廣東語で(*huai>)faiになった結果、日本語音「クワイ」ではkで始まる漢字「快」が廣東語でfで始まることとなった。
このkとfの関係を有声音にすると、gとvの関係になる。ロシア語でго[go]の發音がво[vo]と同じになる場合がある。

O Son-Faは妙である
「化」「花」は日本語音で「クワ」kwaであるから本来はhwaである。
日本語音読みの歴史的かなづかいによる表記では、「康珍化」は「カウ・チンクワ」、「呉善花」は「ゴ・ソンクワ」である。
シナ語のFan(飯、範、帆)は日本語で「ハン」、Fang(方、放)は「ハウ」になることが多い。
シナ語のHuan(歡、換)は日本語で「クワン」、Huang(黄、皇)は「クワウ」になることが多い。
朝鮮語でも「黄」はHwangであり、初声がHだから日本語音でKで始まるのだ(「黄土色」の「黄」はHを省いて採用した「ワウ」)。

「フフホト」
電子辞書の国語辞典(広辞苑)によるとモンゴル語で「青色の都市」の意味。
電子辞書の英和辞典(Genius)によるとHohhot[hòuhóut]にはHuhehot、Hu-ho-hao-t'eという表記もある。
ロシア語でХух-Хото、シナ語で「呼和浩特」Hūhéhàotèになる。
シナ語の名前をキリル文字にするとХухэ-Хаотэになる。

参照
唇音と巻舌音と舌根音-
ベートーベン、ダ・ビンチ-