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固有名詞の読みと表記をめぐって

1 外国語のなかの中国人名と地名

Deng Xiaopingとは誰のこと

 1997年に鄧小平が亡くなったころだと思うが、欧州語圏にいた日本人が「Deng Xiaopingが誰かわからず困った」という体験をしたらしく、インターネット上に体験談をあとになって書いていた。西洋人はDeng Xiaopingを漢字では書いてくれないので、どういう人物か説明してもらうしかない。この体験談を書いた日本人は、世界で日本だけが中国の人名を知らないことを痛感し、漢字が共通だということに甘えたツケがまわっていると指摘していた。欧州に滞在していた当時、英文紙に出てくる中国人名が誰のことかさっぱりわからず、現地にいた華僑をつかまえて片っ端から漢字を書いてもらっていたらしい。
 その後2007年ころ、同じようなことを書いてあるホームページを見かけたから、同じ感想も持つ人は少なくないのだろう。

 Deng Xiaoping(鄧小平)やJiang Zemin(江沢民)くらいは英和辞典にも載っているが、Hu Jintao(胡錦濤)、
Wang Yi(王毅)、Bo Xilai(薄煕来)、Wu Dawei(武大偉)、Wen Jiabao(温家宝)など、人事が変わると辞書では追っつかない。
 逆に、中国人は「田中角栄」をTiánzhōng Jiăoróngと中国語音で読んで平気なので、欧州語の新聞でTanaka
Kakueiという表記を見て、それが誰であるかわかる中国人は少ないだろう。

最近、朝鮮の金剛山がニュースで取り上げられた際、NHKで「クムガン山」といいう表記で「クムガンサン」と呼ばれていた。紙媒体では「金剛山」だったと思う。これでは混乱が増すだけではなかろうか。



日本の地名が並ぶ「英漢詞典」

 日本では「中国語」というと、すぐ、漢字の共通性だの、語彙の違いだのが話題にのぼるが、重要なのは語彙と文法、発音である。英文紙のなかでHeilongjiang Provinceとあって、これがどこであるか、現代中国語を学んだ日本人は黒竜江省だとすぐにわかるが、その知識がない人は逐一暗記しないといけない。

 いつかテレビで、ある高名な日本人ジャーナリストがアメリカ人にインタビューしているのを観ていたら、そのジャーナリスト氏が上海などの中国沿岸都市を列挙し、「深圳」をShinsenと、つまり日本語読みの「シンセン」そのままで言っていた。幸い、深圳がどの都市かは話のなかでは重要でなかったが、相手のアメリカ人がShinsenを理解できたかどうか。「深圳」は英語ではShenzhenと現地音で読む。

 日本人用の中型以上の英和辞典には中国の地名、人名がいくつか載っているが、日本の地名や人名は日本語の発音をヘボン式ローマ字にすればいいので、英和辞典では不要であり、せいぜい、Tokyoite(東京都民)が載っているくらいだ。

 一方、中国人が英語を学ぶための英漢詞典(英中辞典)で固有名詞を載せるほどのサイズのものには、日本の地名が目白押しで出ているものがある。たとえば、Tokyo、Nagoya、Osaka、Kyotoはもちろん、Sapporo、
Aomori、NiigataもNaganoもある。これで日本の地名が英語でどう発音され表記されているかがわかる。中国人は、名古屋をMínggŭwū、札幌をZháhuăngにするので、NagoyaやSapporoでは、どこのことだかわからないのだ。ちなみに、「サッポロ」の場合、ビール会社のほうは中国で「三宝樂」Sānbăolèにしている。



「新潟」の略字問題

新潟の場合、そのまま中国読みするとXīnxìになるが、中国では、新潟で使われていた俗字の「新泻」とそっくり(見ようによっては同じ)である中国式の「新泻」を使いXīnxièと読む慣用も普及している。

2007年、新潟県議会で、「新潟」を中国語で「新泻」と書くことをやめるよう提言がなされた。「泻」は中国では「瀉」の簡体字で、下痢という意味もあり、イメージがよくないので、略字は使わず「新潟」にするのが望ましいという見解になったらしい。

しかし、新潟県庁は地元で手書きの日本語として使われていた「新泻」を認めないのだろうか。「泻」は芭蕉も使った伝統的な「潟」の略字らしい。確かに日本式の「泻」は右下の横棒が突き抜けており、中国の「泻」では突き抜けていないという違いはある。だが、さんずいのない「写」も中国の活字では右下が突き出ない字体で、それは単なる日中の書き方の違いであり、字としては同じなのだ。一部報道で、日本式「新泻」は「新潟」を直接略したもので、中国式「新泻」は中国人が「潟」を「泻(=瀉)」と勘違いした「誤り」で、「似て非なる略字」だという解釈があるが、「泻」と「泻」を別の字だと思うほうが無理である。

事実、海水が陸地に入り込んでできる小さい湖を意味する「潟湖(セキコ)」が中国では「泻湖」xièhúとなっており、厳密には「泻」は「潟」の簡体字でもあるといっていいようだ。

その後、コシヒカリが中国で販売されたとき、出荷した米袋に「新泻县产」と書かれてあった。「コシヒカリ」は中国で「越光」Yuèguāngになると思われるが、中国ですでに商標登録があり、「新泻县产」とするしかなかったようだ。