男の背中さんのブログ -3ページ目

テレクラ経験③

いよいよテレクラの楽しさがわかった俺は、出張の夜は、テレクラが恒例となった。エッチな話が楽しくてしょうがなかった。ただ、いつも共通であるが合うことは、できない。そんな変態会話をしている男と誰が合うと思うか。「合いたい」ことに執着心がわいてきた。合うことを考えて会話をするようになってくる。いい雰囲気となり、どきどきしながら待ち合わ場所に行った。30分待っても来ない。そんな事が続き、やっぱり合う事は、むずかしいのか。なんか面白くなくなってきた。くだらない、もうテレクラ遊びをやめよう。

そんな事を考えていた頃、女は、出会いを前提に電話をしてくるのは、間違いないが、そこに女は、男と違って雰囲気を大切にしている。友人とか会社とか彼氏とかあらゆる事に対して話をしたいとか、寂しさを解消したいとか。女がなんで電話してきたのか、その心理を探すことが大切。その心理がわかって、それをわかってくれる男と女は、会う。そしてセックスができる。

そう、俺にテレクラを教えてくれたサッシが言ってた言葉を思い出した。

まーもう少し頑張ってみるか。


テレクラ経験②

その2週間後、又、福岡出張。仕事も早く終わらせ久留米の格安ホテルにチェックイン。目指すダイエー裏のテレクラ。電話の取り方を考えなければ、話が出来ない。話が出来なければ、なにも始まらない。

そこで電話のフック上げ下げをもう一度試みる。やはりフロントから注意される。待てよ、注意の電話は、20回ぐらいしてからフロントから来る。10回でやめれば来ないのか?試して見る。フロントから注意がない。そうだ!10回ぐらいでフックの上げ下げを止めればいい。その繰り返しをすれば注意は、ないはず。

たぶんフロントでは、数多くすれば警告ランプみたいのが着いてわかると思われる。これにきずいた俺は、電話をとりまくった。

その中で一人の女性との会話でエッチな会話をした。おっぱいは大きいとか、ブラジャーの色とか、初体験とか、なんかそんな会話がすごく楽しかった。まったく知らない女性と顔を合わしてれば、そんなはずかしい話なんかなかかできない事がスムーズに話ができる。もちろん最後は、切られたが。

やっと、テレクラのおもしろさがわかった気がしてきた。まだまだプロになるまでは、ほど遠いころであった。

テレクラ経験①

10数年前、福岡によく出張してた。今もよく行ってるが・・ 当時は、出張費を浮かす為に安いホテルを探す事に努力してた。レンタカーを借りてお客さん回りをするのであるが博多、中州のホテルは、高いし当時は、福岡高速

がなかったので夕方中州まで行くのが渋滞がいやで大宰府インターに乗って久留米に宿泊してた。福岡は、博多、北九州(小倉)と大繁華街があるが、この久留米は、人口30万?ぐらいで繁華街も小さいなりになんでも揃っており、なんと言ってもビジネスホテルが安い。安い所で4千円のところもあった。

テレクラ初体験をしたので行って見ることにする。お店は、何度も久留米に来ているので場所は、知ってた。ここは、当時にしても2時間5千円と高いお店であった。鳴り(電話)も多くきれいな個室であった。ジュースも飲み放題でありフロントに電話すれば、おしぼり、、ジュースを持って来てくれる。

ここは、早取になっており人も10人は、いたかな。素人の俺は、取れない。なにかの雑誌に呼んだことがあったのでフックの上げ下げをした所、フロントから電話があり「やめてください」と注意された。電話が鳴ってから受話器を上げては遅い。電話とにらめっこして赤のランプがついた所で受話器を上げる事にするが取れない。「だめだ」結局、1本も取れず帰ることとなった。疲れた。ほんとうに疲れた。2時間も電話とにらめっこは、疲れる。

次の日も久留米宿泊だったのでリベンジ。電話と赤のランプをにらめっこする。赤のランプが光った。受話器を取る。赤が緑になった。取れたのかな?おそる おそる「もしもし」受話器の向こうから「こんばんわ」と明るい声。よっしゃー。俺「なにしてたの?何歳?どこから電話?」質問攻め。またまた電話を切られる。その後も何回か電話は取れたが会話が成立しない。その頃の俺は、まだまだプロになるのは、ほど遠い頃だった。