第7話 Xデー

 

九月の終わり。

ついに、その日がやってきた。

和也は心の中で、この日を「Xデー」と呼んでいた。

 

まだ外は暗い。

いつもより早く目が覚めた。

いや、正確には眠れなかったのかもしれない。

静かな書斎で机に向かう。

 

パソコンを開け、一つひとつ借入先を入力していく。

銀行カードローン。

クレジットカード。

職場の共済会。

 

残高を確認するたびに胸が苦しくなる。

いつの間に、こんな金額になったのだろう。

パソコンのキーボードをたたく手が止まった。

 

そんなに贅沢をした覚えはない。

高級車を買ったわけでもない。

ブランド品を集めたわけでもない。

海外旅行を繰り返したわけでもない。

 

それなのに借金だけが膨らんでいた。

 

改めて振り返ってみる。

家を建てたときだった。

住宅ローンは決して余裕のある返済計画ではなかった。

月々の返済。

ボーナス払い。

少し無理をすれば大丈夫だと思った。

当時はそう信じていた。

 

足りない分を少し借りる。

返済する。

また借りる。

そんなことを繰り返しているうちに、借入額は少しずつ増えていった。

 

さらに長距離通勤が追い打ちをかけた。

高速代。

ガソリン代。

タイヤ代。

車検代。

そして車の故障。

買い替えによる二重ローン。

 

見えない出費が積み重なっていく。

休日のサービス出勤もあった。

交通費は出ない。

自腹だった。

一生懸命働けば働くほど、お金が出ていく。

そんな時期もあった。

 

付き合いも避けられなかった。

飲み会。

宿泊を伴う集まり。

1回で1万円、2万円と消えていく。

気づけば生活費が足りなくなっていた。

 

そして一番怖かったのはクレジットカードだった。

便利だった。

財布に現金がなくても買える。

支払いは来月。

その感覚に慣れてしまった。

いつの間にか分割払いになっている。

毎月1万円。

2万円。

支払っているから大丈夫だと思っていた。

だが違った。

気づけば利用枠は上限に達し、残ったのは返済だけだった。

 

給料明細も見直した。

頼まれて入った保険。

付き合いで加入したものもある。

毎月少しずつ引き落とされている。

 

太陽光発電もそうだった。

設置した時は言われた。

「売電でローン分は十分返せますよ」

だが現実は違った。

発電量は思ったほど伸びない。

売電価格も下がる。

先月の売電収入は数百円だった。

それでもローンだけは毎月引き落とされる。

 

子どもにもお金がかかるようになった。

遠征費。

修学旅行。

受験費用。

生活費も少しずつ増えていく。

 

借りて返す。

借りて返す。

その繰り返しだった。

だが元金は減らない。

払っているのは利息ばかりだった。

 

そして最後に手を出したのが投資だった。

何とかしなければ。

少しでも増やさなければ。

そんな焦りがあった。

 

だが素人だった。

うまくいくはずもなかった。

振り返れば失敗ばかりだった。

机に並んだ借入先の一覧を見つめる。

 

もう借りられる場所はほとんど残っていない。

消費者金融なら借りられるかもしれない。

だが、それは違う。

それだけは分かっていた。

もし今そこで借りたら、本当に終わってしまう。

 

和也は深く息を吐いた。

20年前に戻りたい。

 

何度そう思ったか分からない。

借金のことを考えるたび、書斎に閉じこもるようになった。

酒の量が増えた。

たばこの本数も増えた。

だが何も解決しなかった。

 

限界だった。

もう無理だ。

リセットしなければ前へ進めない。

 

パソコンのエクセルシートをまとめ、プリントアウトする。

弁護士にすべて話そう。

それが家族を守るための第一歩かもしれない。

 

和也は立ち上がった。

重い気持ちは消えない。

不安も消えない。

それでも今日は逃げない。

 

今日、勤務時間が終わり次第、弁護士事務所に向かう。

就業終了時間と同時に職場を飛び出す。

そして、弁護士事務所へ向かうためハンドルを握った。

 

いつの間にか少し風が冷たく感じる季節になっていた。