2019年12月30日に
母が圧迫骨折に緊急入院
そして2020年1月30日に手術。
その後
環境の変化でせん妄の症状が表れ
一時は認知症の症状も出始めた。
ブログに備忘録として
残しておこうと思います。
2020年3月11日
今日は東日本大震災のあった日だねぇ。
あの日、私は横浜で被災して
パシフィコ横浜で帰宅困難者として
一夜を過ごして
レンタカーを借りて帰ってきたんだわ。
なんて思う朝
スマホに着信があって
相談課の星野さんからだった。
「良いお知らせです。
池田記念病院から判定をもらいました」
池田記念病院といえば
母が肩の腱板断裂の手術をしてくれた
川前先生のいるところで
母は須賀川に居る間
通院していた病院なのよ。
しかも
わが家から車で10分という
私にとっても大変助かる立地なの。
どうして判定が出たんだろう?
母はバレンタインやら
入院、手術のたびに
先生や看護師さんへの
付け届けをまめにしていたから
もしかしたら
それが功を奏したのかもしれない。
なんて思いながら
やっぱり母は徳が高いのかなぁ?
なんて改めて母を見直しちゃった。
16日の週でも良いかと言われたけれど
その週は予定を詰め込んでしまったので
23日の週で調整をしてもらうことにした。
距離が遠いので移動はどうするか?
15時までに病院にくることはできるか?
そんな星野さんの問いに
私の中では
転院する時のプランを考えてあったので
すぐにそれを星野さんに伝えることができる。
移動は私が車を出すこと
前日に退院をして
一晩、自宅で過ごし
ゆっくりと転院の準備をしたい
翌朝、出発すれば
14~15時には到着可能であることをね。
さっそく家族のLINEグループに報告
函館の叔母にも電話すると
とても喜んでくれた。
母にも電話して
自宅に1泊すること
今から持っていくものを
メモしておおいて欲しいことを伝える。
母は池田記念病院が受け入れてくれたのを
とても喜んでいる。
そして
須賀川の友達に持って行く
手土産を嬉しそうに話すのよね。
まったく
こういうところが母らしいと思うわ。
退院の1~2日前に川崎に行って
須賀川への手土産
川崎の主治医、看護師さんへのお礼を
私が買いに行くことにしたの。
さすがに退院したばかりの母と
買い物をするのは自信がないもの。
あとは
転院がいつになったか
連絡を待つばかりだわ。